その53 阪東ヒーロー(ファミリー・フォーラム)


写心 山口裕朗



 「試合をするなら、上手いだけのボクサーは嫌ですね。パンチのある相手の方がスリルあって面白いです」
2年前、エドウィン・バレロ(デビュー以来、連続1ラウンドKOの世界記録保持者)の、「1ラウンド持ちこたえれば100万円、勝利すれば更に100万円」という賞金マッチに名乗りを挙げ、残念ながら第1ラウンド110秒で玉砕してしまったが、その勇気が多くのボクシングファンに称えられた。
今、デビュー10年目の27歳でランキングを手にしたヒーローは、意外と人懐っこい笑顔で、まだまだ健在であることをアピールした。

 私と“写心家”の山口裕朗氏は、梅雨入り前の蒸し暑いある夜、地下鉄東西線の南砂町駅から15分ほど歩いた大通り沿いにあるファミリー・フォーラムジムを訪ねた。
 昭和30年代に活躍された大先輩、鈴木武雄さん(新和拳)から紹介された今月の“戦士”は、日本スーパー・フェザー級6位の阪東ヒーロー(ファミリー・フォーラム)だった。
 鈴木武雄さんが経営する製紙会社「鈴木紙工」から、阪東ヒーローがアルバイト勤めをしている「松井紙業」まで僅か30mほどの距離しかない。ボクシング好きの「松井紙業」の社長が、かつてボクサーだったという鈴木武雄さんを、ヒーローに紹介してくれたというわけだ。
 「鈴木さんは、いつもシャドーしながら道を歩いているんですよ」ヒーローは鈴木武雄氏のことについて、楽しげに語った。

 ファミリー・フォーラムジムは、パチンコ屋だった店舗を改装して作られた、間口の広い開放感のあるジムだ。
 愛媛出身の門田新一会長は、一見強面(こわもて)だが、話してみると「笑顔が素敵な優しい会長」である。上京後、何度かジムを移転させて1年半ほど前に現在の場所にたどり着いた。
文章を書くことがお好きで、ご自身のブログを持ち、マメに更新している。表に面したガラス張りの壁には、「ロッキー・ザ・ファイナルを見た感想」が書かれた紙が貼られていた。内容から、ハートの熱い人だというのが伝わってくる。

 ヒーローの朝は早く、仕事は5時45分から始まって午後3時45分までの勤務だ。更に2時間ほど残業をこなしてからジムワーク――というハードなスケジュールの為、昼休みには少し仮眠を取って体調をコントロールしている。「睡眠不足はケガに繋がりますからね――」
現在、ヒーローのトレーナーは、エドウィン・バレロ戦以来、パートナーを組んでいる松井優氏が務めている。「本当に勉強熱心で、信頼のおけるトレーナーなんです。昔はフォーラムジムの練習生で、日曜には一緒によくサーフィンに出かけた仲の良い友人でもあるんです」更にこの松井トレーナーは、ヒーローの勤務先「松井紙業」の長男という関わりの深い間柄だった。

阪東ヒーローの兄・阪東タカ(ワン・ツー・スポーツ)、従兄弟の阪東竜(三迫)ともにプロボクサーだ。視力が悪くてプロにはならなかったものの、父親もボクシングをやっていた。更に、妹2人もボクシングをやっているというボクシング一家だ。
門田会長と同じ愛媛県で生まれ、少年時代はケンカに明け暮れていた。「田舎はケンカくらいしかやることが無いんですよ。ハハハ!」この頃からボクサーになる要素が確立されていたようだ。

スパルタだった父は、小学生の時からヒーローをファミリー・フォーラムジムの前身である、愛媛フォーラムジムへ放り込んだ。「ジムでは遊んでばかりいたので、いつも門田会長に怒られてましたよ・・・」ヒーローと門田会長はこの頃からの付き合いだったのだ。
中学時代はサッカー部に所属したが、運動神経がよかったヒーローは、あらゆる運動部の試合に借り出されて活躍した。「勉強は苦手だったですからね」中学3年の時には、高校インターハイ王者をスパーリングで倒してしまったという。
 やがて中学を卒業したヒーローは、愛媛から上京してジムを開くことになった門田会長に付いてゆき、東京でプロボクサーになった。「会長とは子供の頃からずっと一緒ですからね・・・」会長のことなら何でも知っている――とでも言いたげな含み笑いを浮かべて、ヒーローはつぶやいた。

“阪東ヒーロー”というリングネームの由来について尋ねると、「会長の知人に勝手に決められちゃったんですよ」という答えだったが、このリングネームは一度聞いたら忘れない、素晴らしいインパクトを持っていると思う。
「そんなことより、今はとにかく早く試合がしたいです。なかなか決まらないんで、モチベーションを維持するのが大変なんです」
試合が決まるまでは、毎週土曜日にサーフィンに出かける。「試合の2週間くらい前まで波乗りをしています。ボクは楽しまないとダメなんです」
松井トレーナーは、メンタルトレーニングの勉強もしており、こうした気分転換を採り入れて、ヒーローの精神面の管理に応用している。
「たまにサッカーやったり、バッティングセンターへ行ったりもしています。最近は海釣りにも凝っていて、“イシモチ”っていう魚にはまってるんです。釣った魚を食べるのって最高ですよ!」
また、勝った試合の後には海外旅行に行くことを決めている。これは“達成”に対する“ご褒美”で、勝ち癖をつけるのに効果的な方法である。
ヒーローが持って生まれた資質と、松井トレーナーの研究がうまく噛み合っている様子が覗えた。

減量の面についても、松井トレーナーがヘルプをしている。「試合前の10日間で6.5kgくらい落とします」というヒーローは、かつては減量によってコンディションを崩しがちだったが、松井トレーナーが栄養学やサプリメントの研究をしてアドバイスをしてくれるようになった為、かなり楽に減量が出来るようになった。

いろいろな面で、今が一番充実しているように感じる。早く次の試合が決まることを願いたい。
今一番試合をしたい相手を尋ねると、「バレロにもう一回挑戦したい。それと、前回判定でやられた石川ジムの真鍋圭太かな・・・。とにかく危険なヤツとやりたいです。それが一番楽しいんです」
勝ち負けも確かに重要だが、阪東ヒーローというボクサーは、「パンチのある相手の方がスリルあって面白いです」という言葉通り、ボクシングの“スリルと緊張感”を最も楽しみにしているタイプのようだ。

「将来は南国へ移住したいですね。フィリピンかマレーシアか・・・」

ボクシングに求めるもの――それは人によって様々ではある。私は阪東ヒーローに少なからず共感を抱いた。私がかつてボクシングに求めたものと、重なるところが大きかった。



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●新田 渉世 (にった しょうせい)
1967年生まれ。92年横浜国立大学卒業。96年東洋大平洋バンタム級タイトル獲得。97年引退。98年米国サンフランシスコへ移住し、『ワールドボクシング』誌にて「ショーセイのアメリカボクシングライフ」連載開始。99年『Talk is cheap』にて「戦士と語る」連載開始、同年ケンウッド入社。03年2月神奈川県川崎市に新田ボクシングジムをオープン、同年ワールドボクシングwebサイト上にて「新米ジム会長奮戦記」連載開始。04年東日本プロボクシング協会書記担当理事に就任。

新田ボクシングジムHP
http://www.nittagym.com/

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