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医療ナビ:受精卵取り違え 香川県立中央病院で疑惑発覚。再発を防ぐポイントは。

 ◆受精卵取り違え 香川県立中央病院で疑惑発覚。再発を防ぐポイントは。

 ◇作業内容、複数で確認 病院のマニュアル整備・徹底も

 ■医師の不手際重なり

 同病院産婦人科の川田清弥医師(61)によると、昨年9月18日、受精卵の発育状態を検査するため、20代女性の受精卵が入ったシャーレを作業台に載せた。この際、直前に検査した40代女性のシャーレを、同じ台の上に残していたとみられる。

 シャーレのふたには識別用に色シールが張られていたが、40代女性のシャーレはふたが外してあった。川田医師は、20代女性のものと思いこんで中の受精卵を保存し、子宮に戻したらしい。作業台には1人分の受精卵しか置かないのを原則にしていたが、この日は破ってしまったという。

 また川田医師は、2人の女性の受精卵のうち、いくつを発育状態が悪いとみて廃棄し、いくつを保存したか、数を記録しなかった。このため、受精卵の数が合わないことにも気づけなかった。

 ミス防止には、作業内容を2人で確認する「ダブルチェック」が重要だ。病院にはこの体制がなかった。

 病院が体外受精を始めたのは93年。川田医師は以来、唯一の担当医だ。看護師や技師の手伝いはあるが、受精卵の検査や検査結果の記録は1人で行う方が多かったという。

 また疑惑発覚まで、院内の体外受精マニュアルにはミス防止のための項目がなかった。発覚後にようやく、ダブルチェックなど安全対策を盛り込んだ。シャーレには、ふたと本体の両方に患者の名前入りシールを張ることにした。

 ■遅れた連絡、謝罪

 病院によると、川田医師が疑惑に気づいてから、20代女性と夫に連絡、謝罪するまで3週間かかった。

 川田医師は会見で「確たる証拠もなく頭の中で検証していた(ので時間がかかった)」と釈明。「(黙っておこうという思いは)ありました。でも、人間として本当のことを言わないといけないと思った」と葛藤(かっとう)していたことをのぞかせた。

 報告を受けた病院幹部は、院内で1週間かけて4回の会議を重ねた。途中で県からの指示を受けて、連絡・謝罪を決めたという。

 さらに20代女性夫婦の弁護士は、病院への損害賠償訴訟の訴状で、川田医師が発表より早く、女性の妊娠確認以前に取り違えに気づいたと主張している。

 妊娠中の親子鑑定についての、病院の説明にも疑問が残る。

 女性と夫は「どちらの受精卵か分からないのか」と聞いた。川田医師らは「妊娠15週になれば検査できるが、それからの中絶は母体に負担が重い」と答え、女性は中絶を選んだ。だが胎児の検査に詳しい医師は、妊娠9~11週に「絨毛(じゅうもう)検査」で鑑定し、その結果で判断することもできたと指摘する。

 さらに、40代女性と夫への説明は今年1月。結果的に自分たちの子を無断で中絶された可能性が残った。

 事故報告にも消極的だった。病院は財団法人「日本医療機能評価機構」(東京)が医療事故情報を集める事業に参加し「医療が原因で予期を上回る処置などをした」例などは原則2週間以内の報告を求められている。だが報告したのは公表後の2月25日だった。

 ◇生殖医療の法的議論再開を

 ■海外では生後判明も

 東京大CBEL(生命・医療倫理拠点)の井上悠輔特任助教によると、海外での受精卵や精子の取り違えは判明しているだけで十数例ある。

 98年には米国で、黒人夫婦の受精卵が、白人夫婦のものと取り違えられた。白人女性は2人の子を出産し、うち1人が黒人だった。訴訟の結果、黒人夫婦が親と認められた。

 02年には英国で、夫婦間の体外受精に誤って夫でない男性の精子が使われ、2人の子が生まれたことが明らかになった。2人は夫婦との生活が認められたが、法的な父親は夫でない男性と認定された。

 日本では、法務省の法制審議会の部会が03年、精子や卵子、受精卵の提供を受けて出産した場合などの法的な親子関係を議論した。「(生殖補助)医療を受けた女性は生まれた子を育てる意思を持っており、卵子を提供する女性にはない」とし、出産した女性を母親とする試案を発表した。

 だが取り違えでは、本来の卵子や受精卵の持ち主夫婦と、産んだ女性夫婦の双方が子どもの養育を望む可能性がある。井上特任助教は「体外受精が普及した現在では取り違えでの出生も否定できない。親子関係の議論を再開する必要がある」と指摘している。【渋江千春】

 ◇利用広がる体外受精

 避妊せず性交渉すれば1年で約8割、2年で約9割の女性が妊娠する。子どもを望むカップルで、女性が1~2年間、妊娠しない場合に不妊治療が行われる。

 まず検査で原因を調べる。女性は排卵の有無を基礎体温表や血液検査で調べ、エックス線で子宮の形や卵管の詰まりをみる。男性は精子の数や運動率などを調べる。治療は原因によって違い、体外受精も方法の一つ。卵巣に針を刺して卵子を体外に取り出し、精子と接触させて受精卵を作った後で体内に戻す。国内初の体外受精(83年)に携わった星合昊(ひろし)・近畿大教授は「当初は卵管が通っていない女性だけに実施した」という。今は原因が男性にある場合にも行われる。人工授精などより必要な精子数が少ないためだ。

 体外受精には健康保険がきかず、費用は病院によって違う。1回十数万円から100万円まであり平均数十万円。出産まで数回かかることが多い。都道府県などの助成制度もある。

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 ■受精卵取り違え疑惑の経緯

 <2008年>

 4月 9日   20代女性が県立中央病院を受診

 9月15日   女性から採卵

 9月18日   受精卵の検査、第1段階の受精卵移植

 9月20日   第2段階の受精卵移植

10月 7日   超音波検査で妊娠を確認

10月16日   川田医師が取り違えの可能性に気付く

10月30日   川田医師が院内の医療安全管理室に報告

10月31日   院長に公式報告。1回目の院内会議

11月 4~6日 2~4回目の院内会議。「絨毛検査は(夫婦に)積極的に紹介できない」などと決定。5日に香川県が夫婦への連絡、謝罪を指示

11月 7日   川田医師らが病院に夫婦を呼んで謝罪

11月10日   院長が夫婦宅に出向き謝罪

11月11日   人工妊娠中絶を実施

 <2009年>

 1月      病院側が40代女性に説明、謝罪

 2月      病院側に20代女性夫婦から訴状が届く

 2月19日   病院が取り違え疑惑を公表

毎日新聞 2009年3月17日 東京朝刊

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