2009年03月13日

最近の「うつ」についての報道

お久しぶりです(といっても10日ぶり)。
先日のNHKテレビの「うつの治療」についての報道、そして4~5日前のSSRIについての新聞報道。前者は北九州市での講演から戻ってその足でテレビのリモコンをオンにして見た。
驚く内容だった。かつてのNHKでは考えられない内容だ。
5年くらい前だったか、昏睡強盗(向精神薬をだまして大量に飲ませ、財布を盗んで逃げる)についてNHKのインタビューを受けたことがある。当時から(いやもっと前から)、私は精神科医の薬剤大量投与について批判的だった。オーバードーズ(OD)が必至であることを知っていて、親が投与をやめてほしいと頼んでも、「本人が薬を欲しいと言っている以上出さないわけにはいきません」と投与を続ける精神科医は珍しくなかった。掛け持ち受診を知りながらリタリンを出している医者なんて、いっぱいいたし。
というわけで、薬を飲んで事故が起きたら処方した医師の責任を問われるべきだ、などとNHK記者に語った私だった。当然「信田さん、それだけは放送できません」と言われてしまったけど。
そのことを思うと、先日の放送は画期的だ。何しろ診断があいまいであること、投薬内容が医師によってまちまちであること、過剰投与がうつの遷延化を招いているおそれがあること、などをスタジオの当事者もまじえて放送したのだ。
素直に考えれば、やっとNHKもうつの問題に関心を持ってきたのだなあという感慨に終わるだろう。何しろ1月だけで2700人余のひとが自殺しているのだ。単純計算すると1時間で112人が自殺していることになる。
でも、ちょっと待てよと思う。そんな甘いもんじゃないだろう。
以下は私の想像だ。
この底なしの不況下にあって企業の経営者が一番切り捨てたがっている対象は誰だろう。もちろん派遣はいうまでもない。残るは正社員だが、毎日まじめに働いている社員を首を切るわけにはいかない。そこに登場するのがメンタル系の社員である。
うつを理由に半年間休職しているなんて社員は昨年まではざらにいた。大手企業、大学、学校、出版社などなど・・・。中には計二年以上も休んでいるという社員もいる。
そのひとたちを企業が切り捨てるのに必要なことは何だろう。
適切な医療と、投薬に頼らない心理療法(テレビでは認知行動療法がイギリスの例として取り上げられていた)を受ければ十分短期で治るはずだ、というのがNHKの結論だったと思う。言い換えれば、長引くうつは医療の責任であると告げ、長引かせない方法があると主張しているのだ。
おそらくそれは厚労省サイドからは苦々しい内容かもしれない。なにしろ精神科医(特に開業医)批判に違いないからだ。しかし財務省(医療費抑制)と経団連からすればどうだろう。誰が見ても正論なのだから、正しいことを報道してうつが治るように努力することを推奨しているのがNHKである。これまでのタブーに切り込んだ勇気ある報道だ。
しかし、現実にそんな理想的な医療がどこにあるのだろう。採算を度外視してでも薬を減らすと言う医師は、私の知人にはずいぶんいるけどそれは少数派である。
あの報道を受けた医師の中には、うつの診断に慎重になる人も出てくるだろう。それによってメンタル系にもなれない社員が出てくるかもしれない。また、治療を長期に受けていながらそれでもうつが治らないひとたちへの評価はどのようになるか。適切な治療を受けるためのあなたの自助努力が足りないとされるだろう。もしくは詐病・出社拒否・怠けとして切り捨てる口実にもなるだろう。
つまり、あの報道は裏側には企業によるメンタル系正社員切り捨ての意図がこめられているのだ。情報提供したけれど(あれで精神科医への見方は大きく変わっただろう)、それを知っていながらうつを直さないのは「自己責任」だと言える条件を企業・雇用主に与えたのだ。

ルボックスというSSRI系抗うつ薬があるが、その副作用が新聞報道されていた。これも驚いたひとつだ。その事実はマイケル・ムーア監督の「ボーリングフォーコロンバイン」で有名になった。銃乱射事件犯人の少年のうち2人が抗うつ薬を服用しており、その副作用で攻撃性を高まる事が指摘された。裁判の結果それが認められ、米国では一部のSSRIが販売停止になった。
そのことが今頃日本で報道されるとは、いったい背後関係はどうなっているのだろう。
NHKの報道とその記事はどこかでリンクしているはずだ。表向きうつのよりよい治療を求めながら、その裏にあるのはメンタル系社員切り捨ての正当化ではないか。
こう思うのは私の深読みだろうか。

原宿カウンセリングセンター