共同幻想としての円天詐欺事件

村崎 相変わらず不景気続きでお下品な金絡みの事件が多いんだけどさ、中でもいちばん香ばしかったのは「円天」詐欺事件で捕まった波会長だよな〜(★1)。

唐沢 いやあ、世の中に悪い奴というのはいっぱいいるけど、これだけ“外見から中身までトータルに悪い奴”というのは、いまどき珍しいよね(笑)。「名は体を表わす」とはまさにこういう奴のことを言うんじゃないか。最近、イケメンブームで男を外見でしか評価しない風潮があって嘆かわしいと思っていたんだが、まだ捨てたもんじゃないね。こんな顔した奴を信じるってだけで、外面にまどわされない、すばらしい人たちだと思いますよ、被害者さんたちは(笑)。

村崎 それでも、あのおっさんは日本のすべてのマルチ商法を“発明”した草分けみたいな存在だったから、警察側としてはまさに大物を召し取った感じなんだろうな。また本人も全然反省してないどころか、逮捕直前になっても「被害者にコメントだあ? このオレが一番の被害者だろって何度言えば分かるんだ!」だもんな。捕まってからも、残った社員に全国で円天出資者に対する説明会を平気で開かせていたらしいし、韓国でも“ウォン天”なんて新通貨を出す計画まであったそうな。「お前らマスコミが騒いで問題になったからこうなったんであって、捕まりさえしていなければすごく儲かっていたはずで、出資者にも相当な利益が出ていた」なんて開き直ってるのな。

唐沢 以前のバブル型犯罪なんてのは、みんな、金をどう転がすかというコソクな小手先の手段に過ぎなかったんだけど、この円天のやり方は凄いよ。ある意味、国家の信用貨幣制度を無視して、自分の信用で貨幣を作ってしまった。つまり、新たな価値観、円天のシステムの中だけで通用する価値観を創造したって言ってもいいんだな。

村崎 そういう面じゃこいつは独創的で画期的な犯罪者だよな〜。ちなみにオレはアタマすごく悪いんで、いまだに貨幣経済の構造ってよく理解できなくてさ、普段お金を使っていても、ふいに「なんでこんな紙切れや金属の欠片がモノと交換できるんだろ?」って思っちゃって、それで全然分からないんだよ。価値が生まれる源っていうのが、消費者側にはよく見えてないからさ、経済に時としてオカルトの要素が混じりこんでくるのも、そこに関係しているんじゃないかと。

唐沢 国家が単なる紙切れにまじないをかけただけで、そこに価値が生じるという錬金術だな。要するにオカルトだよね。マルチ商法って理屈で考えれば絶対にうまくいくわけがないのに、これだけ騙される人がたくさん出てきてしまうっていうのは、社長の錬金術を信じた人たちがいた、というオカルト信仰なんだよね。

村崎 円天を信じ込んでいた人たちの姿をテレビで流していたんだけどスゴいよ、「使っても使っても、お金が減らないのよ〜!」って喜々としてしゃべってんだもん(笑)。見ていて、こっちまで気が狂いそうになったぞ。

唐沢 理性ある現代人がそういう状態になってしまうというのはね、今の世の中の経済システムはどこか間違っている、と思っている人がいかに多いかという証拠かもしれないけどさ、それにしたって錬金術師じゃねえんだから、「使っても減らない」金なんてあるわけねえだろうって。

村崎 「第二通貨として円天が流通すれば、世の中に貧乏な人がいなくなる」とか、どう見ても気が狂ってるとしか思えない提案を、堂々と平気で主張してしかも信じ込ませられるってのはスゲエよな。何でも円天に金を預けると同額の円天ポイントがもらえて、しかも預けた金はそのまま利息がついて増えていくんだと。それで円天もいくら使っても、年が改まるとまた新しい額のポイントがもらえるんだから万々歳なんだってさ。何の魔法だよ?

唐沢 これ、単なる悪徳商法じゃなくて、新興宗教。しかも最初に金を減らさずどんどんものが買えるという非常識の世界を覚えてしまうことで、常識的理性がマヒしてしまうんだな。トランセンデンタル(超越的)体験というやつで、常識や経験則を超えた超常的思考回路にいったんハマると、もう、滅多なことでは現実に戻ってこられなくなる。つまりは軽い発狂だね。

村崎 さらに信じがたいのは、今回の逮捕報道の後でも、残党が円天の研究セミナー開いていて、しかもそんな怪しいイベントに毎回四十人ぐらいも真面目に聞きに来る阿呆がいるってことなんだよ。どうなってんだァ!?

唐沢 うーん、オウムの残党もそうなんだけど、こういうカルト集団っていうのは、摘発されると逆に結束が強固になる法則がある。そこに「世間体もあるし、いくらなんでもまずいんじゃないか」っていう理性的判断が介在する余地はないのかって疑問に思うけど、ここで理性を持ち込むと、今まで自分たちがやってきたことを全部否定しなきゃいけなくなるわけだからね。その勇気がない人たちは、もう方向性を誤ったまま、泥沼にはまるしかなくなるんだ。

村崎 さらに信じがたいのは、今回の逮捕報道の後でも、残党が円天の研究セミナー開いていて、しかもそんな怪しいイベントに毎回四十人ぐらいも真面目に聞きに来る阿呆がいるってことなんだよ。どうなってんだァ!?

唐沢 うーん、オウムの残党もそうなんだけど、こういうカルト集団っていうのは、摘発されると逆に結束が強固になる法則がある。そこに「世間体もあるし、いくらなんでもまずいんじゃないか」っていう理性的判断が介在する余地はないのかって疑問に思うけど、ここで理性を持ち込むと、今まで自分たちがやってきたことを全部否定しなきゃいけなくなるわけだからね。その勇気がない人たちは、もう方向性を誤ったまま、泥沼にはまるしかなくなるんだ。

村崎 ま、信じるも信じないも人の勝手だから何も言う気はしないけど、少しは客観的に自分を見てどうよ、って考える冷静な判断力はないもんかね(呆)?

唐沢 うちの前の事務所の近くでアムウェイのセミナーみたいなものがよく開かれていたんだけど、そこにやってくる若者たちの顔を見るとね、もう目がキラキラ輝いているんだよ。たぶん自分のなかでは本当に充実して、希望に満ち溢れているんだと思う。

村崎 要するにお金を信仰する人たちのカルト宗教団体なんだな。

唐沢 『脳はいかにして神を見るか』(アンドリュー・ニューバーグほか著/茂木健一郎監訳、PHP研究所)って本などによると、宗教的な神秘体験をした人間の脳波というのはてんかん患者の脳波によく似ていて、アウラ(恍惚感、多幸感)にあふれているんだな。LSDやったときとも似ているらしい。日本人は無宗教民族ってよく言われているけど、思えば拝金民族であって、金がらみではじめて、宗教的恍惚を味わえるのかもしれんなあ。

村崎 考えてみりゃ、銀行だってご立派なちゃんとした仕事であるような幻想が流通してるけど、冷静に見たら銀行だって単なる金貸しなんだよな。昔、山本夏彦がそんなこと書いていたけど、括りが違うっていうだけで、円天の会長と日銀の総裁って、やってることはたいして変わらないのかもしれないんでしょ。

唐沢 要するに、単なる印刷物を金券だと保証するのが、国家か個人かの違いだけだもんね。

村崎 だから価値が生まれる源泉が見えないから、結局、多くの人間に信頼されているかどうかで判断されちゃうんだよな。子供の頃に、「こども電話相談室」で“お金がなくて困っている人が多いなら、それだけお札をたくさん作ればいいのに、何でそうしないんですか?”っていう質問があって、「お金が多すぎると、今度はお金で買える品物が足りなくなってしまうからですよ」って先生が答えていて、ああそうかもなって思ったんだけどさ、でもその回答だと、最初に作る金の量は何を尺度に誰がどう決めたのかさっぱり分かんないし(笑)、誰がどんな根拠と基準で通貨の量を決めて作られ流通するようになったのか、そこまで掘り下げて問い詰めないと納得できないよな。

唐沢 今回、円天のやったことだって、その保証が信頼に値するものだったらば、別に犯罪にも何にもならないんだよね。どこぞの商店街がお買い物券を発行するのとどう違うのか、って言われたら返答のしようがない。

村崎 考えてみりゃ、紙幣や硬貨っていうのも、単に国がその単位を保証しているってだけで、それに価値があるっていうのは、単なる共同幻想に過ぎないわけで、そう考えると金の価値なんてけっこう危ういし、怖いよなあ。

唐沢 吉本隆明に指摘されるまでもなく、そもそも国家そのものの成り立ちがカルな共同幻想によるもので、“確固たる国家というものが存在し、自分はその国の国民である”と一人一人が思い込むことで初めて成立するわけでしょ。経済にしても、単なる信用だけで、通貨として流通すべき価値が貨幣にはあるとみんな思い込むことで生まれてくる幻想にすぎない。モンティパイソンのコントに、“みんながそこにあると思い込むことで建っているマンション”っていうネタがあったけど、まさにあれと一緒で、「ホントにそんなことできるのかな」と一人でも疑う人間がいれば、グラグラと建物が揺れだしてしまうというね。

村崎 飛行機だって、「こんなクソ重い鉄の塊、物理的に常識で考えて飛ぶわけねえだろ!」って誰かが言い出したら、飛ばないんじゃないかって気するわ。オレ、飛行機に乗るたびに、実は座席に座った瞬間に後ろからブン殴られて、気絶している間に偽の記憶を埋め込まれたまま、こっそり車で目的地に運ばされてるんじゃねえかって疑っているもの(笑)。

唐沢 言ってみれば、バブルの好景気も今の金融不安も、全部“今はそういう状態なんだ”とみんな思い込むことで生まれている現象なんだよね。俺は今回の不況はマスコミが作りだした“幻想不況”だと思っているんだが。

村崎 例えばいま、円高になっているのも、日本がODAに積極的に出資したりして、日本人という国民が世界中から馬鹿みたいに勤勉で真面目な信頼できる連中だってことで、何となく日本経済に対する信頼感が“幻想として”固まってきているから、世界不況でも円は信頼されて強いんじゃないの……みたいな話をどっかで読んだことがあるぞ。ま、そういう信頼も中川昭一のG7泥酔会見みたいなケースがあると、一発で急落するわけだが(笑)。

★1 円天詐欺事件

 独自の電子マネー「円天」を売り物に出資金を詐取したとして、警視庁と宮城、福島両県警の特別捜査本部は5日、健康寝具販売会社「エル・アンド・ジー(L&G)」(東京都新宿区、破産手続き中)会長、波和二(かずつぎ)容疑者(75)ら22人を、組織犯罪処罰法違反(組織的詐欺)容疑で逮捕した。捜査本部は、約3万7000人から約1260億円を集めたとされる巨額詐欺事件の全容解明を進める。
 被害額は、87年の豊田商事事件(2025億円)、02年の八葉グループ事件(1549億円)に次ぐ規模になるとみられる。
 波容疑者らの逮捕容疑は、L&Gの経営が行き詰まった06年以降になっても「100万円を出資すると3カ月ごとに9%(年利36%)の利息を配当し、1年後の満期には元金も返還する」などと実現不可能なことを言い、「協力金」名目で6人から約1億1800万円をだまし取った疑い。波容疑者は逮捕前、毎日新聞の取材に「事業計画があって資金を集めただけで詐欺ではない」と容疑を否定していた。
 L&Gは87年設立。当初は自社開発の健康布団や食品を販売していたが、01年以降出資を募り始めた。04年ごろからは、10万円以上を預けると毎年同じ額面の「円天」が携帯電話に振り込まれ、インターネットサイトなどで買い物が可能になる「円天受取保証金」制度を導入、資金集めを加速させていた。
 しかし07年2月、配当を現金から円天に切り替えると会員に一方的に通知したため、解約や元金返還を求める訴訟が相次ぐなど社会問題化。警視庁などは同10月、本社ビルなどを出資法違反容疑で家宅捜索していた。

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