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アメリカよ・新ニッポン論:第2部・改革の構造/7

 ◆医療制度めぐる国内対立

 ◇ナショナリズムと呼応

 「テロより怖い、医療問題」。米国の医療崩壊を描いて反響を呼んだマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ」(07年)が、日本で公開された時の宣伝コピーだ。

 日本医師会は一部組織などで自主上映会を開き、医療制度改革への危機感を訴えた。当時の副会長、桜井秀也医師は「改革の背後に米国の影響があったのは間違いない。米政府の言われるまま、質の悪い米国医療を日本に取り入れるのはおかしい」と憤る。

 ただ、「米国の圧力が改革を強制した」直接の因果関係は今も証明されていない。むしろ改革をめぐる日米関係には、別の特徴も見られる。米年次改革要望書は1994年から始まっていたが、医療制度改革の要求は01年までほとんど見当たらず、同年の小泉政権成立を境に目立ちだした。

 「最大の動機は財政再建だった。制度を変えることにより、結果的に歳出を減らそうとした」。財務、厚生労働両省の幹部は、そう解説する。バブル崩壊後、橋本政権の「6大構造改革」が挫折し、続く小渕・森両政権は空前の「バラマキ」を行った。小泉改革はこれにブレーキを掛け、方向転換した。最大の歳出分野である社会保障費の大幅削減は、誤った政策のツケを払う国内の財政上の要請が、まず先にあったのだ。

 「医療分野への市場原理導入」を声高に唱えたのは、経済財政諮問会議や総合規制改革会議の学者、経営者たちだったが、財務省が便乗し、後押ししなければ、制度改革が次々に実行に移されるのは難しかった。

 「霞が関では以前から制度改革を検討していた。米国の要求は、日本で政策が変わる可能性が出てきたのを見て言い出しただけ」(厚労省幹部)。国内では圧力団体や決断しない政治のために自己変革を言い出せず、米国も事情を知っている。待ったなしで財政再建が始まり、方策として医療分野の規制緩和が行われる流れとなって米国の要求も始まった、というのだ。

 それを改革反対派が「米国の圧力」と難ずる理由を、総合規制改革会議の元委員で医師会と対立した八代尚宏・国際基督教大教授は「国民のナショナリズム心理に響くから」とみる。八代氏は、米国人医師の日本での開業に反対する医師会幹部が「国益に反するから」と主張したのに驚いたという。

 「60年代の反米・反安保以来、米国を持ち出すと効きやすい土壌が日本にはある。でも、ナショナリズムは多くの場合、既得権を守りたい立場の裏返しだ」

 財政悪化で国力衰退を実感するほど、世論はナショナリズムへ傾きやすい。小泉純一郎元首相も靖国神社参拝で同じ大衆心理を利用した。

 経済財政諮問会議のメンバーだった本間正明・近畿大教授も「現状を変えようとなると、日本と最も異質な典型例として米国を持ち出してくる」と苦笑する。

 改革に伴う利害の不透明さは、米「圧力」の有無を持ち出すまでもない。総合規制改革会議の元議長で混合診療解禁を主張したオリックスグループの宮内義彦CEO(最高経営責任者)は、02年1月26日号の雑誌「週刊東洋経済」で「金持ちでなくとも、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう」と述べていた。解禁が民間保険のビジネスチャンスだったのは間違いない。オリックスのグループ会社は医療保険も手掛けている。郵政民営化の「かんぽの宿」問題と似た図式が透ける。

 「外圧」論は、しばしば本質をぼやけさせる。元厚労省局長で社会保険診療報酬支払基金理事長の中村秀一氏は言う。「米国の陰謀説を言えば楽だし、市場原理主義のせいにすれば皆納得するけど、医療制度の問題は解決しない。そこに建設的な提言はない」

 ある医師会幹部は「皆保険という麻薬を吸ってはいけなかった」と漏らした。厚労省幹部は「裕福な人からは多くの金をもらって治療し、貧しい人は無料で診て感謝されるのが医師のあるべき姿なのに、皆保険制度に縛られているのは自己矛盾だという意味でしょう」と解説する。=つづく

毎日新聞 2009年3月11日 東京朝刊

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