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「不安はあるけど、この子と一緒にいたい」=小児科病床―特集「新生児医療“声なき声”の実態」番外編・中

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 「在宅に帰ってこれからどうなるのか、全く想像がつかない。でも、不安はあるけど、この子と一緒にいたいと思うから」―。そう言って、足立祐子さん(35歳、仮名)は、神奈川県立こども医療センター小児科病棟のベッドに目を閉じて横たわる、人工呼吸器を付けた1歳10か月の息子、謙治君(仮名)のほおをなでた。

 昨年7月、発熱して呼吸や意識の状態が不安定になった謙治君を連れ、祐子さんは同センターの小児科外来を受診。謙治君は脳のMRI検査を受けた。エネルギー代謝がうまくいかないために精神や運動の発達が遅れる難病の一つ、「リー脳症」であることが分かった。リー脳症は、3、4万人に1人が発症するとされるミトコンドリア病の一つで、症状は徐々に進行し、自発呼吸や食事摂取ができなくなり、反応も示しにくくなっていくという。祐子さんは、普段から謙治君が座ったりハイハイしたりができなかったりと、周りの子に比べて成長が遅いことを気にして、謙治君と共に小児科外来に通院していたため、病気の内容について知らされた時には「ああ、やっぱり」と思ったという。「それまでは、(謙治君の成長が)ちょっと遅れてるなというぐらいで、泣いたり笑ったり、普通に元気だったから、最初はショックで受け入れられなかった。聞かされたその日の夜は、(夫と)2人で泣いた」。

 さらに、入院1か月後、祐子さんは担当医からの言葉に再びショックを受けた。祐子さんは当時から現在までの気持ちの変化をこう語る。
 「『ゆくゆくは気管切開をして、おうちに帰りましょう』なんて、入院して1か月でそんな話をされて。病気が治っていないのに、何で家に帰されるんだろうと思うだけで、不安で不安で、泣いて泣いて。でも、その日を境に状況がのみ込めて、彼の様子が落ち着いた時に『帰るのもありなんじゃないか』と思い始めて、ここ最近は『おうちに帰るのも悪くないかな』と。毎日の通院も大変だけど、おうちにパパと2人も寂しい。毎日会いたくて、寂しい。パソコンのスクリーンセーバーに載っている謙ちゃんの顔を見て、『今ごろ寝てるかな』と話したりする。家にいて2人になると、『病院に行っちゃう?』と話してしまう。(謙ちゃんが)家に帰ったら一緒にいられる。不安はあるけど、一緒にいたいという思いが強くなっていってるかな」
 祐子さんが在宅療養について前向きになるには、かなりの葛藤があった。同じ病棟に入院している子どもの母親から「この子にもわたしたちにとってもいいことで、悪くないよ」とアドバイスされたことも、気持ちに響いたという。

■在宅療養への期待と不安
 謙治君は10月、気管切開の手術を受けた。祐子さんは病棟で謙治君が看護師から処置を受けているのを見ながら、「鼻に管を入れることは普段ないし、浣腸も自分でもしたことがない。でもすごく痛くてつらいことだろうから、ほかの人がやるなら、『自分の子どもだから、わたしがやってあげたい』と思うようになった」と、気持ちが変化したという。それまでも、謙治君に付き添うために一日も欠かさず病院に通っていた祐子さん。今年に入ってからは、謙治君が在宅で療養できるよう、人工呼吸器の取り扱い方、経管栄養チューブからの栄養剤投与の仕方やチューブ交換の方法、気管切開部の処置やたん吸引の仕方などを、病院が用意したマニュアルに沿って勉強し、実際にケアを行うようになってきた。

 まだ、帰る時期は決まっていないものの、人工呼吸器も在宅用のコンパクトなものに変わり、少しずつ準備も進んでいる。茅ヶ崎市の一戸建てに住んでいた祐子さん夫婦は、謙治君を迎えるに当たって、家の構造や通院の便も考え、横浜市内のマンションに引っ越す予定だという。

 祐子さんは、「準備が本当に大変。今後の生活のことは全く想像がつかないけど、この子と一緒にいられることがうれしい。不安はあるけど前向きにやっていきたい」と笑顔を見せる。
 その一方で、「先輩のお母さんからも『(謙治君に)声を掛けた方がいいよ』と言われる。でも、入院するまでは目を開けて起きていたから、寝ている子に話し掛けるみたい。今までは寝ている時は起こさないようにして、声を掛けたりすることはなかったから、そんなことしてもいいのかなと思って、声を掛けにくかったりする」。祐子さんの戸惑いが、時折表れる。

■在宅に帰る重症児が増加
 同センターで、謙治君の診療にかかわったこともある神経内科医の小坂仁氏は、「以前だったら、病院で診ていたような重症の子どもを、最近は計画管理して在宅で診るようになってきた。最近は常に満床状態なので、多少無理があっても在宅に帰ることを勧めている状態」と語る。

 小児科病棟も、重症心身障害児施設(重心)と同様に、長期入院と重症児の増加によって、ベッドが圧迫されている。同センターは小児用ベッドが419床あるが、年間を通してほぼ満床の状態だ。経管栄養や気管切開をしている子どもが100人以上入院しており、胃ろうや中心静脈栄養(IVH)の子どももいる。人工呼吸器を付けている子どもが、入院で60人程度、外来で30人ほどいる。
 小坂医師は「心臓などの外科手術が進歩し、以前なら助からなかった子どもが助かるようになったことも、重症児が増加した要因の一つ。わたしがこの病院で研修医をしていたころは、子どもとキックボールをして遊ぶこともあったが、今はそんな雰囲気は全くない」と語る。同センターで子どもたちの看護に約20年携わってきた渡部玲子看護師長は、「以前は学校が夏休みの時に検査入院が多かったり、冬になるとベッドが埋まることが多かったりと、季節的なものもあった。人工呼吸器を付けている子どもはこんなに多くなかったし、常にベッドが満床ということはなかった」と振り返る。
 長期入院も以前より増加し、約10年の入院の末、亡くなった子どももいたという。

■地域医療“崩壊”も要因
 小児科のベッドが圧迫される理由は、これだけにとどまらない。
 神奈川県内の小児三次救急医療を担う同センターは、県内小児医療の“最後のとりで”だ。神奈川県内では、2006年に三浦市立病院が小児科病棟を休止。大和市立病院が昨年12月から、小児科常勤医の減少によって今年3月末まで、小児科への新規入院患者の受け入れを休止している。全国で相次ぐ小児科の医師不足や病棟閉鎖が、地域医療“崩壊”の波として同センターにも押し寄せ、小児科を圧迫している。最近では県外からの搬送も増えてきた。
 小坂医師は「皆がどうやってベッドを動かすかといつも考えている。常に他の病院からの転院依頼が来ていて、年々この状態が厳しくなっている。今後もますますそうなっていくと思う」と語る。

 重症児の増加に伴う小児科病棟とNICU(新生児集中治療管理室)の関係の変化については、「NICUを出た子どもは、基本的に在宅でご家族と一緒に生活していただいているが、人工呼吸器を付けている場合など、在宅生活が困難な場合には、病棟で受けることもある。ただ、現在はどこの病棟も満床なので、NICUの子どもを受け入れられなくて、NICUの中で入院が長期化するということにもつながっていると思う」と語る。NICUにいた子どもが外来で通院を続け、状態が悪くなったときに入院するということはあるが、NICUからそのまま入院となるケースは少ないという。

■心身とも疲弊する重症児の介護者
 こうした状況から、入院している子どもの家族に在宅療養を勧めているが、うまくいかないのが実情だ。看護師長の渡部さんは「家族が地域で生活できるようなサービスが整っていないので、母親は介護で疲れ切っている。訪問看護も、看護師と家族が一緒にケアをするような形で、家族が外に出たり、介護から離れたりできるわけではない」と語る。
 在宅で重症児を見るときの問題として最も多く指摘されるのは、家族の介護負担による疲労やストレスだ。重症児を在宅でケアするには、人工呼吸やたん吸引、経管栄養など24時間管理が必要な医療を整えておく必要があるため、母親など介護者は付ききりになる。

 在宅で重症児を見ている親など230人を対象に、神奈川県内で実施された調査によると、介護者が休養を「全くできていない」と答えた人が32%で、「時々している」が29%、「定期的にできている」は15%にとどまった。また、「介護者が疲れた時に保育できる人がいない」が52%と過半数。悩んだ時に相談できる人が「いる」は55%で、「いない」が29%いた。自由記述でも「全身疲労。自分の肉体にむち打っているようなもので、早晩できなくなると思う」「子どもの介護のために仕事を辞めたが、このまま死ぬまで二度と仕事もできず、家の中で過ごすことを思うと、家事も育児もする気になれない」など深刻な回答が多い。小坂医師も自身が診てきた患者の家族について、「10年間、美容院で髪の毛を切っていない母親もいるぐらい」と語る。在宅で生活する重症心身障害児についての正確な統計はないが、約2万人とみられている。



 重症児への在宅サービスでは、障害の程度について、6区分あるうち「障害程度区分4」以上と市町村から判定されれば訪問介護も受けられるが、区分4の場合で1回が90分と時間が短いため、有効利用されていないとの指摘がある。訪問看護も、提供時間が短いことや、重症児をケアできる訪問看護師が少ないことなどが指摘されている。デイサービスも、人工呼吸器など、重度の医療ケアが必要な子どもは受けられない所が多い。
 同センターの重心の井合瑞江医師は、「親は24時間付ききりの介護で片時も離れることができない。何かあると命にかかわる。疲れ切って、ストレスでおかしくなってしまう家族もいる。しかし、施設への入所を求めても、どこも満員で入れず、短期入所もいっぱいの状況」と語る。同センターのレスパイトケアも、常に50人程度の待機者がいる状態で、ニーズに応え切れていない状況だという。
 小児科病棟でも、「子どもの医療評価」として、2か月に1度、3日間程度で家族の介護負担軽減のためのレスパイト入院を行っているが、病棟が常に満床状態であるため、なかなか受け入れが難しい状況だ。「『やっと入れてもらえた』というご家族の声を聞く」(看護師長の渡部さん)。

■入院医療費と変わらない在宅医療費
 さらに、小坂医師は「在宅と入院とでは費用負担にほとんど差がない」と、経済的なインセンティブがないことも在宅療養が進まない要因の一つと指摘する。例えば、同センターに子どもが入院する場合は、「小児入院医療管理料1」(4500点、一日当たり)を算定している。一方、在宅療養で子どもが人工呼吸器を付けている場合、病院が外来で「在宅人工呼吸指導管理料」(2800点)などを算定し、家族は病院を通して在宅用の人工呼吸器をレンタルする。ただ、消耗品や日常的に必要な細かいケア用品など、家族が自費で負担しなければいけないものがある。このほか、在宅療養に必要な経皮酸素モニターや、人工呼吸器が故障したり、救急蘇生を行ったりするときのためのアンビューバッグなども購入しなければならない。在宅の費用負担は、子どもの状態や障害の程度、居住する自治体などによって細かい部分では異なるものの、入院の場合と明らかに差があるとは言い切れない。
 小坂医師は「在宅療養は、家族にとっては24時間介護となり、精神的、体力的に負担があるにもかかわらず、費用的な面で特に負担が低くなるというわけではない。『どうしても家で子どもを見たい』という家族の思いがあり、かつ経済的メリットもあるという状態でなければ、在宅移行は難しい」と語る。また、子どもが生まれてから家族が一緒に暮らしていく中で、親子間の愛着形成ができている場合は在宅にも移りやすいが、NICUの場合は危機的状況の中で、生まれた瞬間に治療の方針などさまざまな選択を迫られることがあるため、「理屈を超えてこの子を見たいという親の気持ち」(小坂医師)が育っておらず、難しいケースもあるという。

 小坂医師は、医師や看護師などスタッフも、この現状に矛盾を感じていると語る。「以前なら助からなかったような重症の子が助かり、そういう子たちが在宅に帰っているという状況がある。ご家族は大変なことをしておられると思う。在宅療養が家族にとってベストと言えるかというと、もし自分がその状態に置かれたならば、今の仕事を続けながらだと難しいと思う。職員は皆、矛盾した気持ちを抱えて悩みながら、それでも、これがベストだと信じようとしてやっていると思う」。(続く)



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更新:2009/03/03 13:38   キャリアブレイン


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