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レーシック格安競争

AERA3月 2日(月) 13時39分配信 / 国内 - 社会
――ブームのレーシック手術で、ずさんな衛生管理により多数の感染症が発症した。
スポーツ選手ら有名人も体験済みのこの手術、格安競争が激化中。病院選びは慎重に!――

 タイのバンコクに、「アジア最大級のレーシックセンター」とうたう施設がある。
 地元の富裕層やヨーロッパ人らの患者が「顧客」になっている豪華な病院を、会社役員の男性(35)は2002年、日本からツアーで訪れた。費用は1週間ほどの宿泊代込みで約30万円。当時では、日本で最新とされる機械を使った手術の、半額以下だった。
 やりとりは通訳ありの英語。視力検査、エイズ検査を受け、誓約書にサインし、日が落ちてきた夕方に手術。20〜25分で手術は終わり、近くのホテルに宿泊。両方の裸眼が0・02だったのが、1・5に回復した。
 男性は話す。
「7年たったいまも快適そのもの。トラブルはありません」
 レーシック手術は、メジャーリーガーの松坂大輔投手やゴルフのタイガー・ウッズ選手らスポーツ選手をはじめとして、有名人も多数受けている。ここ数年で日本でもかなり定着した。

■10万以下から50万以上

 そもそも、近視や乱視を矯正するレーシック手術、別名「角膜屈折矯正手術」とはどのような手順なのか。第一人者でもある、慶応大学医学部の坪田一男教授に解説してもらった。
 手術室に入るとまず、麻酔の目薬をさす。そして、刃物やレーザーで眼球の角膜を表面から約0・1ミリほどの厚さに削り、「フラップ」と呼ばれるフタを作ってめくった後、エキシマレーザーという熱を出さないレーザー光を照射して角膜のカーブを整え、光の屈折力を変える。最後にフラップを元に戻して、手術は終わる。
 保険診療ではないため、10万円を切るところから50万円以上と価格には開きがある。かつてはタイや韓国のように海外のほうが安いとも言われたが、ここ数年、大手を中心に日本国内でも価格競争は激しい。
 ホームページによれば、大手の品川近視クリニック(東京都千代田区)では両眼13・3万〜22・5万円で、神奈川クリニック眼科(東京都新宿区)では9・8万〜23万円。それぞれクーポン割引や紹介者へのキャッシュバックなどの「特典」もある。
 日本眼科学会が指定する屈折矯正手術講習会の受講者で都内のクリニックで診療をする眼科専門医・種元桂子医師は、
「フラップを作成するときが刃物(マイクロケラトーム)かレーザーか、また、フラップをめくって照射するレーザーの種類はどのタイプか。その組み合わせによって価格は違ってくる。一人の担当医が最後まで診察するのか、複数の医師が分業でするのかの違いもあります」
 と話す。日本ではレーシックに最初に興味をもったのが美容分野の医師だったため、美容外科出身の医師も多かった。いまも執刀医が眼科専門医ではないケースがままあるという。

■手袋なし 呆れた手術

 今回、手術を施した67人に感染症角膜炎などを発症させてしまった銀座眼科(東京都中央区)のホームページには「平日レーシック両眼9・5万円」とある。さらに、キャッシュバックなどのキャンペーンもしていたため、「激安価格」だった。
 感染症の原因は手術器具を高温高圧で滅菌する装置「オートクレーブ」に不具合があり、滅菌が十分にできていなかったと説明しているが、驚くのは手術時に医師の手袋着用が徹底されず、使い捨てにすべき患者用手術着の使いまわしが発覚したこと。衛生管理がずさんで、医師のモラルが問われている。
「競争が激化し、価格では個人のクリニックは大手に対抗できない。低価格を維持するためには、使い捨て手袋などの備品や機械の修理をケチることくらいでしかコストカットは無理だったのではないか」
 と都内でレーシックの個人クリニックを開く医師は言う。
 聖路加国際病院眼科の非常勤医師で石田眼科(新潟県上越市)の石田誠夫院長は、手術後、角膜が前面に出るなど手術の後遺症が出たのにきちんとしたケアをしてもらえず、角膜専門の病院に駆け込む患者もいる、と実情を訴える。

■薄利多売の医療現場も

 石田院長も自身のクリニックでレーシック手術をするが、患者一人一人の術後をしっかりケアすると、一日に何人も連続して手術はできず、医療機器の維持費などを考慮すると総じて利益はあがらないと強調する。
「消防士や自衛隊員など仕事上の資格などの問題でどうしても必要な人にしか手がけない。近視は病気ではなく、それにメスを入れようとしていることを忘れないよう、医師も倫理観をもって手術にあたるべきだ」
 と薄利多売ともいえる価格で数をこなす医療機関が増えていることに警鐘を鳴らす。
 とはいえ、安価だからといって銀座眼科と同一視しないでというのが大手の言い分だろう。
 神奈川クリニック眼科では2000年から約19万件のレーシック手術を手がけ、いまでは平日一日に約250件の手術をする。北澤世志博診療部長は、
「(銀座眼科のように)器具を滅菌しないで手術するなどありえない。医師のやる手術とは到底言えない」
 と断言する。北澤部長は、手術を受ける際のいい病院、悪い病院を見分ける基準として四つの条件を挙げる。
(1)院長を含め眼科専門医がいる
(2)術前3日くらいから抗生物質(抗菌剤)の点眼をさせる
(3)清潔な手術室である
(4)手術の翌日、1週間後、1カ月後など節目で必ず検診を行い、感染の兆候などを早めにみつける体制を整えている
「行ったその日に手術をするようなクリニックは、ぜひとも避けるべきです」
 前述の坪田教授はこう話す。
「一概には言えないが、安全で質の高い医療を行うためにはそれ相応の費用が必要です。(銀座眼科の問題は)患者さん自身がどういう医療を望むのかということを考え直すいい機会だったかもしれない」
 これまで、レーシックによる失明は世界でも症例がないとされてきた。今回、銀座眼科にかかった19歳の女性は現在も入院中で失明の可能性もある。日本のレーシック界にとって、不名誉な事態は避けてほしい。
編集部 大重史朗、大波 綾
(3月9日号)
  • 最終更新:3月 2日(月) 13時39分
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