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医療にどこまで求めるのか―特集・新生児医療「声なき声の実態」番外編・上

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 「『社会が助けるべき』というときの『社会』とは、自分自身。自分自身が、目の前の人を助けるかということ。一体どこまで助けていいのか。医療の中で何から大事にしていくのか。皆がそれぞれ当事者として考えないといけない時に来ているのではないか」―。
 妊婦の救急受け入れ不能などにより周産期医療の問題がクローズアップされたことを受け、国はNICU(新生児集中治療管理室)を1.5倍に増床するなどの改善策を打ち出した。ただ、患者の「入り口」を整備すれば、その後もスムーズに医療や介護を受けられるようにする“流れ”を整えることが必要だ。国は、脳性麻痺など重度の疾病や障害がある子どもが入所する重症心身障害児施設(重心)や小児科病床などの整備の必要性を提案しているが、果たしてこれらを「NICUの後方病床」として拡充していくことで、医療を必要とする子どもたちや家族、そして国民全体にとっての安心・安全の医療につなげていけるのだろうか。一方で、一体どこまで、医療者や患者を含む国民は、医療の可能性を求めていくのだろうか。現場の声を聞いた。(熊田梨恵)

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■「後方病床」として重心・小児科病床の必要性を指摘
 昨年に国内で相次いだ妊婦の救急受け入れ不能問題。NICUの病床不足による受け入れ困難が背景として浮かび上がり、国は秋から有識者を集めた懇談会を開いて対応策を検討、今年2月に改善策を大筋でまとめた。報告書案の中では、救急患者が受け入れられやすくなるよう、NICUを現在の1.5倍の約3000床にまで増床するとし、NICUの「後方病床」として、小児科病床や重心などの整備も提案した。
 このほか、周産期や新生児医療の発達により、今までの医療では助からなかった赤ちゃんが助かるようになった一方で、重症児が増加したとされ、NICUを出た後も重度の医療ケアを受けられる施設が必要との指摘もある。加えて、NICUには、重度の医療ケアが必要だったり、家庭の問題があったりと、さまざまな理由から1年以上入院する長期入院の赤ちゃんが増えている。厚生労働省研究班は、NICUに1年以上入院する長期入院児が年間に約200-300人いるとして、200-250人に在宅か療養施設に移ってもらう必要があるとの試算を示している。

 しかし、子どもの受け入れ先を探す側となる新生児科医で埼玉医科大総合医療センター総合周産期母子医療センター長の田村正徳氏は、「どこの療育施設も定員いっぱいの状態で、受け入れは難しい状況。人工呼吸器を付けている患者のケアは療育施設では難しい」と語る。
 こうした状況から、NICUを出た子どもの「後方病床」として、重心や小児科病床に注目が集まった。しかし、現場からはこうしたとらえ方に対する疑問の声が上がっている。現場の状況はどうなっているのだろうか。果たして、「後方病床」の整備は、現状の改善につながるのだろうか―。

 神奈川県立こども医療センター(横浜市)に併設されている重心に入所している高田美佐江さん(仮名)は、今年で26歳になる。母親は妊娠26週の早産となり、大学病院の周産期センターに母体搬送され、900グラムの未熟児で生まれた。美佐江さんは出産時に仮死状態となって後遺症が残り、現在は寝たきりだ。成長障害があるため体は小さく、体重も26キロと少ない。未熟児網膜症もあったために目はほとんど見えず、口から食べられないので、胃ろうを造設して経管栄養をしている。美佐江さんがこの施設に入所して、約20年がたった。ここで10年にわたって子どもたちを見てきた神経内科医の井合瑞江氏は、「ここは子ども専門の施設にある重心なので、これぐらいの年齢になれば他の施設に移ってもらうように親御さんとも話し合っているが、なかなか納得してもらえない。そもそも移れる施設自体がない」と語る。

 重心は、重度の身体障害や知的障害を持った医療的ケアが必要な子どもが入所する、児童福祉法に規定された児童福祉施設だ。加えて、医療法に規定されている「病院」の機能を備えるよう定められているという特殊な性格を有する。現在国内に重心は120か所、病棟に重症心身障害児を受け入れている国立病院も74か所あり、合計で1万8990床ある。
 国内には約3万7500人の重症心身障害児・者がいると推計されている。重症児が疾病や障害を持つ要因はさまざまだが、染色体異常や代謝異常など先天的な要因や、仮死や機械的損傷など出産時のトラブル、髄膜炎など後天的な要因などがある。疾病や障害の状態によるが、人工呼吸や経管栄養、中心静脈栄養(IVH)や導尿など、24時間管理の医療ケアが必要になる。特に出生前からリスクが分かっていたり、出産時にトラブルがあったりして重症児となった子どもが、NICUで集中治療を受けているケースが多い。

■満床の重心、増える重症児と待機者
 日本重症児福祉協会の調べによると、2008年4月1日現在で、会員119施設(1万1608床)の入所率は96.23%。同協会の住原清弘事務局長は、「残りの数パーセントは予備のベッドなので、満床を意味している。かなり以前からこの状態が続いている」と話す。
 重心は、国が重症心身障害児に対する福祉施策に本腰を入れ始めた1960年代に各地で整備が始まった。当時、福祉サービスは「施設収容」の考え方が基本だったため、地域の重症心身障害児はすべて受け入れるというベースで整備が進んだ。こうした背景もあり、当初からどの施設もほぼ満床だったという。

 その重心に、医療の発達による入所者の高齢化と、超重症児の受け入れ数増加の波が押し寄せている。

■病床増えても、入所するのは高齢者?
 同センターの重心の山下純正施設長は、「医療が高度化して入所者が長く生きられるようになったこともあって、入所が長期化し、入所者が高齢化している。30、40歳代ぐらいが入所者の平均で、そのすそ野に60歳代の高齢者や子どもがいるという状況。入所者の高齢化に、行政も医療も対応が追い付けていない」と指摘する。
 07年の重心入所者の年齢分布を見ると、30−49歳が46.8%と約半数を占める。20歳以下は16.7%と、50歳以上の19.8%を下回っており、11歳以下は6.2%にとどまる。18歳未満の「児童」を対象にしている児童福祉法は、重心に関しては18歳以上でも受け入れるとしているが、入所者の約8割が成人という状況だ。山下施設長は、「長期入所の大人が増えてくると、大腸がんなど成人がかかる病気になる入所者もいると聞く。小児の神経内科の医師が多い重心では、対応が難しくなる」と話す。



 一方、国内の重心の退所児童数は、07年4月1日から08年3月1日までの約1年間で460人にとどまっている。1施設当たり年間でわずか4人弱だ。内訳は、「家庭復帰」が208人、「死亡」が161人で、それ以外はほかの施設に移っている。同センターの重心の場合も、退所の多くが死亡によるものだという。ただ、医療が発達した現在では、重心が国内に設立され始めた当初より、死亡による退所が少なくなっているとの指摘もある。

 こうした状況から、重心には待機者があふれている。待機者について把握したデータはないが、約3万8000人いるとされる重症心身障害児・者数から病床数を差し引けば、国内の重症心身障害児・者のほぼ半数が在宅で暮らしているということになる。在宅の重症児が必ずしも待機者というわけではないものの、山下施設長は「この重心にも数え切れないほどの待機者がいる。もし病床数が増えても、入所するのは子どもではなく、年齢が高い方では」と懸念する。

■医療の発達と「超重症児」の増加
 その一方で、近年の新生児医療の発達により、医療依存度が高い「超重症児」と呼ばれる子どもの入所が増えてきた。国内には約1万人の超重症児がいるという推計もある。井合医師は「新生児医療の発達で助かる子どもが増え、特に仮死の子どもは少なくなったと思う。ただその分、避けようのない状況で助かった子どもは、本当に重症な状態になっている」と語る。同センターの重心も寝たきりの人が多く、約8割の入所者が経管栄養だ。
 国内の重心に入所する重症児は、1998年度には1041人だったが、2006年度には2051人と倍増した。このうち、超重症児は2.6倍にまで増えている。


 
 こうした状況にある重心を、医療ケアが必要な子どもの受け入れ先とだけみなし、拡充しようとすることには疑問の声が上がっている。

 重心はあくまでも「児童福祉法」に基づく施設で、病院とは別の役割を担っている。

■重心は「在宅」を支える施設
 同センターの重心に入所中の高田美佐江さんの場合、母親が精神的な疾患を抱えているため、在宅生活が困難だ。職員も家族と何度も話し合っているが、コミュニケーションがなかなかうまくいきにくい面もあるという。美佐江さん以外の入所者も、親の身体障害や家庭の経済事情、ひとり親、虐待などの問題が背景にあり、在宅で生活できないために入所している子どもが多くを占める。
 さらに重心は、介護に疲れた家族の疲労回復、子どもの出産、親きょうだいの時間の確保などを目的に、短期間子どもを受け入れる「レスパイト(休息)ケア」も行っている。
 井合医師は重心の役割について、「在宅で家族の一員として生活できない、社会的な理由がある子どもを受け入れること。また、在宅で暮らす子どもや家族にとって、どこかに負担が掛かり過ぎることなく、その人なりの生活ができるよう支援していくのがレスパイトケアの目的。重心の根本は在宅支援」と語る。
 このため、重心は子どもの「療育」を担うという「生活施設」の機能を持つ。施設によって差はあるが、児童指導員や保育士が配置されている施設も多い。同センターの重心の場合は、養護学校が併設されており、養護学校教諭も職員と一緒に子どもたちのケアや療育にかかわっている。プレールームがあり、季節の行事もある。

■重心=慢性期、NICU=急性期
 重心は、施設によるが、10:1や7:1の看護配置が多く、診療報酬上では「障害者施設等入院基本料」や「特殊疾患療養病棟入院料」を算定するという、医療面では「慢性期」の性格を持つ。看護配置が3:1で、24時間スタッフが目を離さない「急性期」のNICUとは機能が違う。
 ここに重度の医療ケアが必要な子どもの入所が増えてきたため、重心では対応し切れないとの声が上がる。日本重症児福祉協会の住原事務局長は、「NICUを出た子どもが即、施設に移ることができるかというと、出たばかりの子どもは相当重篤な状態なので難しい。環境が変わっただけで精神的に不安定になり、身体に影響して亡くなってしまうこともある」と語る。
 現在の重心は、増える重症児を何とか受け入れているものの、「以前はもっとわいわいとしてのびやかな“施設”の雰囲気だったが、最近は静かな“病棟”という雰囲気になってしまった。スタッフは事故を起こさないように気を配り、業務も増えて忙しくなっている。重心の看護師は子どもたちの生活全般を見ているので、療育や日常生活の介助などもあり、急性期の看護師とはまた違った意味で、大変な業務を抱えている」(井合医師)。「本当はスタッフにはもっと子どもたちと話をしたり、おもちゃで遊んだりするなど、『療育』の面にかかわってもらいたいが、全体的にそういう余裕がない」(山下施設長)。

 井合医師は入所者の状態が書き込まれた分厚いカルテを見ながら、「この中の、文章になっていないところの“つながり”が大事。ここには、治療が主体の病院とは違って、状況を“割り切る”ことができない人たちが入っているから、今までの生活の流れや経過、そういうことを分かっている職員がいる必要がある」と語る。
 また、国がNICUの「後方病床」として重心の整備を提案していることについては、「在宅で生活をしている家族は、本当に明るく前向きに暮らしている。そういう在宅の方たちへの支援が重心の基本だと思っている。どういうわけか、NICUの後方ベッドとしてクローズアップされているが、そのように単純に出てくるのは変だなという思いはあり、その前にもっとやらないといけないことがあると思う。重症の子ばかりを受け入れるようになったら在宅支援ができなくなって、ご家族が救われなくなるのではないかと思う」と懸念を示している。(続く)


更新:2009/03/02 14:00   キャリアブレイン


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