昨年の秋のこと。島根県から奨学金を受けて看護師を目指していたという女性からこんな話を聞きました。
その女性は看護学校を卒業後、事情があって奨学金返済免除の条件に合わなくなり、返済しなければならなくなりました。しかし、担当する県医療対策課からは何の連絡もなく4年以上も放置したまま。本人も忘れかけていたころ、ようやく返済手続きの書類が届きました。「放置していた自分も悪い」と思いながら女性は、書類を返送しましたが、その後またもや2年間も放置されました。女性が電話しても「制度が変わるので…」と的外れな答えが返ってくるだけ。結局、返済を終えるまで8年近くが経過しました。
女性は「自分はお金を返す立場だし、こちらも積極的に連絡しなかった点はあります」と控えめに言います。「でも、お金のことなのにとてもいいかげん。他にもほったらかしにされてる人がたくさんいるんじゃないですか」と話してくれました。看護師不足が深刻です。いいかげんな運用が許されるわけがありません。担当する県医療対策課に事情をうかがいました。
奨学金は看護師を目指して学ぶ学生に貸与されるもので、卒業後、県内の病院に勤めるなどの条件をクリアすれば返済が免除されます。条件に合わず返済の必要が出てくるのは3割程度とのこと。返済手続きの進め方やチェックがずさんなのではないかと思いましたが、「この女性は珍しいケース。督促しなければならないのは10人程度」とのことでした。
話をそのまま信じてしまった私も悪いのですが、実は返済手続きをほったらかしにしていたのは200人近くもいることが先週判明しました。女性が「他にもたくさんいるんじゃないか」と話していたことは見事に当たっていたわけです。それに加えて、報告を受けた溝口善兵衛知事が「全容解明してから公表するように」と指示したとか。「お前の取材能力が低いからだまされた」と言われれば認めますが、これだけ見事に取材先からだまされたのも久しぶりのことでした。
医療スタッフをどう充実させていくかは、島根県の緊急課題です。離島や山間地の医療機関は、医師や看護師の確保に懸命です。一人でも多くの看護師に地元で働いてもらおうと運用する奨学金をこんなにいい加減に扱い、発覚しそうになるとみんなで隠そうとする。このまま任せてしまって、本当に大丈夫なんですか。【松江支局長・松本泉】
毎日新聞 2009年2月23日 地方版