債務負担など、「後ろ向きな」話し合いの賢い進め方とは

損をしても納得できる
「敗戦処理」の仕方

 
 
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人は、「悪い事象」に直面すると客観性を失う。
険悪なムードのなかで行われることの多い、
債務や制約をめぐる交渉で、最善の結果を
引き出すために、交渉者ができることは何か。
 
 
ハリス・ソンダク = 文アダム・D・ガリンスキー = 文ディプロマット = 翻訳
 
 

 負担をめぐる交渉と便益をめぐる交渉では人々の交渉の仕方に著しい違いがある。あなたが製造会社のCEOだと想像してみよう。新しい規制が導入されたことで、あなたの会社と近隣の別会社が、大きな金銭的利益につながる合意を締結できる可能性が生まれている。その利益の配分について交渉するのは楽しみなものだ。

 逆に、新しい規制があなたの会社と近隣の別会社に金銭的負担を課すことになると想像してみよう。この場合、これらの負担を分担する合意に至るために交渉しなければならない。コスト配分の交渉は、気が進まないものだ。

 負担をめぐる交渉は同価値の便益をめぐる交渉よりはるかに難しい。負担をめぐって交渉するときは、議論はより対立的になり、その結果、パイの縮小、機会損失、行き詰まりなどが生じるからだ。

 本稿では、紛争や対立する要求や権利の侵害を含む激しい論争に発展しがちな交渉をよりうまく進める助けになる戦術を、いくつか紹介する。

「負の事象」の心理学

 心理学によれば、悪い事象はよい事象よりはるかに強くわれわれに作用する。おまけにわれわれは、好ましい結果を他人の手柄とする気持ちより、不都合な結果を他人のせいにしたいという気持ちのほうに強く動かされる。

 なぜそうなるのだろう。神経心理学の研究によると、人間の脳は好ましくない情報を好ましい情報よりも強く感じ取る。実際、きわめて好ましくない経験は、ニューロンやシナプスに本質的なところで作用して、脳を不可逆的に変化させる。好ましい事象に対するわれわれの反応が概してすぐ消え去るのに対し、好ましくない事象はわれわれの頭にいつまでもこびりついているのは、ひとつにはこのためだ。おまけにわれわれの情報処理は、好ましくない情報については好ましい情報の場合ほど効率的でも正確でもない。

 交渉に関する研究もこれらの研究結果を裏づけている。負担はわれわれの意思決定プロセスに、便益より大きな影響を及ぼす。われわれは負担を避けるためには、等価の便益を得るために払う代償より大きな代償を払う気になるし、負担を引き受けるためには、等価の便益を放棄する場合より大きな埋め合わせを必要とする。

 そのうえ人間は、負担や規制を受け入れることには、便益や機会を追求するときよりはるかに激しく抵抗する。一般に、費用や負担をめぐる交渉では、利己的で競争的な行動を生む特質である攻撃性や疑念が際立つ。そのため、負担をめぐる交渉は、棚ぼた式の便益をめぐる交渉より対立的になり、効率の悪い結果を生みがちだ。

 負担の予想は視界を曇らせる働きもする。負担を配分しようとしているネゴシエーターは、利益を配分しようとしているネゴシエーターほど明確には自己の利益を察知できない。何が自分にとって最善の利益なのかが明確でない場合、望みどおりの結果を得るのは難しい。おまけにネゴシエーターは、リスクを避けるためには、便益を得るためにとるリスクより大きなリスクをとることをいとわない。実際、われわれは負担に対して強い抵抗を感じるあまり、自己の利益になる合意をはねつけることさえあるのだ。

 おまけに、自己の利益を明確に察知できないネゴシエーターは、創造的な解決策を見つけることもできない。われわれの研究によると、負担に直面しているネゴシエーターは、統合的問題(integrative issues=両者の間に有益なトレードオフを可能にするような選好の違いがある問題)にも、互換的問題(compatible issues=両者の選好が同一の問題)にも、便益に直面している場合ほど敏感には気づかない。負担を配分しようとしているときは、ネゴシエーターは表面の対立に気をとられすぎて、自分たちの間に存在する共通項を見落としてしまうのだ。

負担をめぐる交渉のよりよい進め方

 ここからは、負担をめぐる交渉を効果的に進めるための戦略を提案する。

(1)信頼や親和関係を築く

 負担の配分をめぐる交渉は往々にして敵意を生じさせるため、このような状況に置かれているネゴシエーターには親和関係や信頼の構築に特に力を入れることをお勧めする。交渉をあまり対立的にしないために、まず相手の視点を思いやっていただきたい。視点取得(perspective taking)は相手の交渉行動や交渉意図についての厳しい解釈を和らげてくれる。

 次に、相手についてもっと知る努力をしよう。相手について知る時間を与えられれば、頑なな不信の姿勢が緩和され、資源のパイが拡大することが、カーネギー・メロン大学のドン・ムーアの研究であきらかになっている

 第三に、遺憾の意を伝えよう。このような厳しい状況になって残念ですと(自分の非を認めることなく)伝えることは、怒りを鎮め、信頼が生まれることを可能にする強力な方法だ。

 ただし、礼儀正しくふるまっても、相手の言いなりにはならないように。

(2)時間を自分に有利に使う

 人間は将来のことは大幅に割り引いて考える。われわれは将来のことは現在のことほど心配しないし、今下す決定について自分が将来どれほど思い悩むことになるかを過小評価する。この傾向は、好ましくない事象についてはとくに顕著である。不愉快な仕事を、先延ばしにしがちなのはそのためだ。

 先延ばしは、交渉ではとくに問題だ。土壇場で合意をひねり出すとき、あなたは慎重な検討の効用を放棄して、負担をめぐる交渉に内在する対立性を悪化させている。たとえば、諸手当の削減をめぐる紛争の解決を労働協約が失効する寸前まで先延ばしにすれば、本格的なストライキの可能性が高まる。先延ばしした結果、交渉中に不要な時間的プレッシャーに追われるだけでなく、合意成立後にそれを直ちに実行することをせまられる確率が高くなる。

 幸いなことに、ネゴシエーターは時間を味方につけることができる。人間は将来のことは割り引いてとらえるため、遠い将来の負担は現在の負担ほど苦痛や対立をもたらさないように感じられるのだ。

 実際、ユタ大学のジェラルド・オキュイセンとともに行ったわれわれの研究では、合意が後日、実行されることになっている場合には、ネゴシエーターは負担を便益と同様に扱い、その交渉結果は合意が直ちに実行される場合より効率的なものになることが明らかになっている

 よって、負担を実行する期限が来るずっと前に交渉を終えるようにすればよい。合意と実行の間に意図的に時間を置くことを考えてもいい。そうすることで交渉のプロセスを早め、結果を高めるのである。

 組織や政治においては、実行までに時間があることはもう一つの利点を生む。負担が実行されるときには別の人物が担当者になっている可能性があり、そのため、現在の交渉担当者にかかる、負担受け入れの心理的重圧がさらに小さくなる。しかし、実行をあまりにも遠い将来に先送りにすると、負担をめぐる対立が、再燃する危険性もある。

(3)代理人を使う

 交渉テーマに対する心理的な関わりを小さくすれば、効率的なトレードオフの機会を察知するために必要な明晰さを得ることができる。たとえば弁護士は、司法取引について彼女が代理している当事者よりおそらくはるかに効果的に交渉するだろう。専門知識やスキルを別にしても、交渉テーマから心理的に離れていることが、裁判で厳しい判決を受けるリスクをおかすより和解を受け入れるほうがよいという判断を可能にするのである。

(4)負担を利益とみなす

 多くの負担は、創造的に対処することによって便益にもなりうる。あなたの会社が環境浄化をめぐって交渉しているとしたら、環境投資で企業価値を上げることを考えてみたらどうだろう。年金投資の削減に直面している労働組合なら、一見負担に見えるものを将来の雇用を守る手段とみてはどうだろう。

 負担をめぐって交渉しているときは必ず、それが本当に負担なのかどうかを考えてみよう。負担を引き受けることで浮上してくる便益に気づいたら、交渉者は互いに譲歩することにさほど抵抗を感じなくなり、有益な合意に至ることができるかもしれないのだ。

 
 

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