「ドレーン(排液管)はどこに入れたの?」「化膿(かのう)性脊髄(せきずい)炎の原因は?」。研修医から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
札幌市手稲区の手稲渓仁会病院で10日午前7時半から始まった指導医と研修医約30人の勉強会「モーニングレポート」。実際の症例を題材に治療方法を検討しスキルアップを図ろうと毎朝、開かれる。この日は転倒して救急搬送された患者の治療内容が担当の研修医2人から報告された。
大学を卒業した医師が研修先を自由に選べる「臨床研修制度」の導入から5年。教育体制が整い、風邪から重病まで数多くの症例を診られる都市部の病院に人気が集まる一方、下積み期間が長く「実践」の機会が少ないとされる大学病院は研修医から見放された。
手稲渓仁会病院で研修3年目を迎えた和田進さん(28)は「これまで80件近く手術を執刀した。大学だったら1件もできなかっただろう」と満足そうに語る。研修2年目の長谷田真帆さん(26)は「実践に加え学習の機会も充実している。将来も大学に戻ることは考えていない」と言い切った。ともに北海道大医学部の出身だ。
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各地の病院で相次ぐ休診や分娩(ぶんべん)中止、救急当番からの撤退、搬送患者の受け入れ拒否--。その元凶となっている医師不足を深刻化させたのが、04年度から導入された臨床研修制度だ。
それまで新米医師たちは出身大学の付属病院で研修するのが一般的だった。大学は潤沢な人材を背景に地方へ医師を派遣し、地域医療を支えた。しかし、臨床研修制度の導入で大学に残る卒業生が減り、道内で今春卒業予定の医学生のうち大学病院以外の医療機関を研修先に選択する学生は6割近くに達する。人材難に陥った大学が医師を地方から引き揚げている。
危機感を強めた北大、札幌医大、旭川医大は研修を終えた若手医師を呼び戻す共同事業に着手。これまで医師を派遣する地方病院は大学ごとに系列化されていたが、今後は3大学で共有し、医師たちの「修行の場」となる病院の選択肢を増やすという。旗振り役の近藤哲・北大教授(腫瘍(しゅよう)外科学)は「若手医師はメリットがない限り戻らない。大学が選ばれるようなシステムを作るしかない」と力を込める。
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臨床研修制度について、厚生労働省は10年度から必須科目を減らし、2年目の大半を希望の診療科での研修に充てられるよう見直す方針。専門医を早く育て、医師不足解消につなげるのが狙いだが、手稲渓仁会病院の酒井圭輔・臨床研修委員長は「医師に広い知識を身につけさせるという当初の理念はどこに行ったのか。促成栽培で医師は育たない」と批判する。北大病院の筒井裕之・卒後臨床研修センター長も「(10年度の研修医が)一人前になるのは3年後。その間に医療は崩壊してしまう」と悲観的だ。
道や道内3大学は、医学部の定員増や将来の地方勤務を条件にした奨学金制度の導入など「あの手この手」を尽くす。しかし、こうした対策の効果が表れるのも数年先。目前の「医療クライシス」を解消する抜本策は講じられないまま、医療の現場は綱渡りの状況が続く。=おわり
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この連載は高山純二、鈴木勝一、本間浩昭、山田泰雄、横田信行、横田愛、坂井友子が担当しました。
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■ことば
04年度から始まった新人医師対象の研修制度。最低2年間で7診療科・部門を経験することが義務づけられている。従来は新人医師の大半が大学病院の各診療科(医局)に進み専門分野のみを学んでいたため「幅広い知識に欠ける」「患者との対話が不得手」などの批判があった。道内では3大学と67病院が臨床研修病院に指定されているが、都市部の大病院に研修医が集中する傾向が強く、志願倍率が約3倍になる病院がある一方、20病院は今春入る研修医がゼロとなる見通し。
毎日新聞 2009年2月20日 地方版