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こんなネットブックならあってもいい




 HPのネットブック、HP mini 1000のVivienne Tam Edition(ヴィヴィアン・タム エディション)の出荷が始まった。スペックとしては特筆すべき点もない平凡なもので、ちまたに出回るネットブック以上でも以下でもない。だが、その外観はすごい。艶やかな芍薬をあしらったデザインは、こんなPCがほしかったと思わせる魅力を持っている。人前でPCを使うことには何のためらいもないが、こればかりは、ちょっとてれくさい。

●ネットブックとWindows 7

 N系のAtomを搭載した、いわゆるネットブックを使うのは、実は初めてだ。日常的にWindows XPを使うことは、すでにほとんどないので、最初に起動したときに現れたXPのデスクトップに違和感を感じたほどだ。

 この数年、Windows Vistaに移行することを拒み続けているユーザー層は少なくないし、世の中の企業で使われているOSもまだまだXPが多い。ホテルのロビーなどに設置されている公共のPCもXPベースのものがほとんどだ。だから、多くのユーザーは、逆にXPに親近感を覚えるかもしれない。

 ぼく自身は、商売柄、そういうわけにはいかないので、しばらくさわって各種機能が正常に作動していることを確認し、さっさとOSを入れ替える作業に入った。

 ネットブックにプリインストールされているOSは、Windows XP Home Editionなので、まず、Vista Businessにアップグレードした。現在、配布されているWindows 7のベータは、Windows XPからのアップグレードができないからだ。

 アップグレードしようとすると、プレインストールされているLive Messengerの互換性に問題があるという警告が表示された。これはあとでどうにでもなるので、アップグレードを続行し、無事に完了した。

 ただ、この時点で、内蔵のBluetoothデバイスが見えなくなってしまった。いろいろ試行錯誤してみたものの、どうしても作動させられないため、あきらめて、そのままWindows 7にアップグレードしてみたが、やはり作動しない。仕方がないので、ハードディスクをフォーマットし、Windows 7をクリーンインストールすることにした。

 こちらは特に問題なく完了し、Bluetoothも正常に使える。やはり、おしゃれなパソコンには、マウスのドングルや通信アダプタといった、無粋なはみ出しグッズを装着したくない。だから、Bluetoothが動いてくれないと話にならない。

 運用の問題はいくつかある。まず、スライドパッドが標準マウスとして認識され、パッドをこすってのスクロールができない。きっと、シノプシスのVista用のドライバを導入すればよいのだろう。

 また、画面の明るさを調整するためのコントロールが表示されず、OSからの調整ができない。Vista以降は、AC電源時と、バッテリ運用時とで、異なるディスプレイの明るさを設定しておくことができるのだが、それができないのだ。ただし、Fnキーとファンクションキーのコンビネーションによる明るさ調整は、ハードウェア的なコントロールになっているようで、それで代用することはできる。しかも、このハードウェアコントロールは、AC電源時とバッテリ運用時の2つの状態を記憶するようで、結果として、OSからコントロールできなくても何の問題もない。

 それ以外に気になる点としては、サウンド関係が少しおかしいようで、時折、スピーカーからプチプチという音がするのが耳につくくらいだ。ボディの割に音が悪くないのは、ちょっとしたうれしい誤算だった。

 うれしいのは、まともにWindows Aeroが使える点だ。Windows 7では、拡張Aeroのおかげで、きわめてリッチなデスクトップ環境が実現されている。デスクトップの雰囲気、そして、その使い勝手はAeroがあるとないでは大違いだ。また、添付のDVDからVivienne Tamデザインの壁紙を持ってきて設定すると、実に優雅な印象になる。

●おしゃれだから許せる

 肝心の使い勝手だが、これは仕事に使うには無理だなと思った。まず、キーボードがツルツルと滑り、長文の入力にはストレスを感じる。また、デザイン優先なので、キートップの刻印が読みにくい。たとえば、F7をサッと押せといわれても、指がちょっとためらってしまう。でも、おしゃれだから許せる。疲れるのに高いヒールのクツを履く女性の気持ちがわかるような気がした。

 ポインティングデバイスは、左右ボタンがパッドの両側にあるため、ここでも指がためらう。でも、ポインティングデバイスの有効、無効を切り替えるハードウェアスイッチがあるのをうれしく思うユーザーもいるだろう。個人的にはこのスイッチを配置するスペースがあるなら、パッドを奥にずらし、その下部に左右ボタンを配置してほしかったところだ。

 デスクトップの解像度は1,024×576ピクセルで、いわゆるXGA解像度よりも、縦方向で192ピクセル少ない。Windows 7のデフォルトでは、タスクバーの縦の幅が10ドット広がっているので、余計に狭く感じる。でも、これは、タスクバーを自動的に隠す設定にするなり、小さいアイコンの使用を設定すれば緩和される。

 ブラウザに関しては、IEのキオスクモードを使用する。F11でフル画面表示とウィンドウ表示がトグルで切り替わるので、じっくりとウェブを見たいときには、キオスクモードに切り替えれば、縦方向の狭さはあまり気にならなくなる。

 バッテリは意外にもつ。スペックとしては、3.3時間となっているが、そこまでは無理としても、普通に使っている分には2時間でバッテリ切れということはなさそうだ。電源スイッチがちょっと入り切りしにくいが、ディスプレイ開閉と連動させてスリープ復帰を繰り返している分には関係ない。スリープからの復帰は、Windows 7ベータで3秒と、かなり速く感じる。

 重量は1.1kg。いわゆるモバイルノートとしては重い部類に入ってしまい、ズシリと感じるが、それは自分が普段からもっと軽いPCを持ち歩いているからであって、2kg超え、15型液晶クラスの重量級ノートPCに慣れたユーザーにしてみれば軽いとさえ感じられるかもしれない。

 欲をいえば、ディスプレイがもう少し向こう側に開いてくれるとうれしかった。喫茶店などの低いテーブルで使うときに、視線に対して画面が直角にならないのだ。これは、ぼくの座高の高さによるもので、座高の低い女性なら気にならないかもしれない。

 ちなみに、製品パッケージにはVivienne Tamのロゴが入った真っ赤なサテンバッグが添付されている。ただし、PC本体の方が微妙にサイズが大きくそのバッグにはスンナリと入らない。せっかくなのに、ちょっと残念だ。

●ネットブックが果たした功績

 この製品はHP Directplusで税込み59,850円。送料を入れて63,000円で手に入る。同じスペックの通常モデルの5,250円高の価格が設定されている。

 ネットブックのスペックは、3年前のPCよりも低い。ちょうど、3年前のPCの未開封新品が、バーゲンで売られているようなものだ。本当だったら、そんな前世代の製品は使い物にならない。でも、それが堂々と新製品として売られ、次世代のOSがそれなりに動き、大きなガマンを強いられることなく、実用に使えてしまう。

 ちょうど、クルマの制限速度が10年前も今も同じで、どんなに高性能なスポーツカーを手に入れても、そのエンジンの性能を最大限に発揮させるのは、公道を走る限りは不可能だというのに似ている。今のPCを取り巻く状況は、まるで、制限速度を自らに課しているかのようだ。

 そして、多くのユーザーにとって、PCでこなす用事は3年前のスペックでも事足りる。やっていることは3年前と変わっていないからだ。3年前のPCを今なお使い、それで特に不自由を感じていない状況に、同じ程度のスペックのPCが3年前と比べて1/4程度の価格で、しかも、気軽に携帯できるような付加価値とともに手に入るようになったのだ。それがネットブックだ。

 個人的にはネットブックがあまりにももてはやされるのはどうかと思うが、なかなかかなわなかったセカンドPCを、ごく普通のユーザーが持てるきっかけとなった点で、それはそれでよかったのかもしれないと思い始めている。どんなにおしゃれなPCでも、10万円を超える価格が設定されていれば、ちょっと購入はためらってしまうだろう。しかも、PCは数年で陳腐化してしまう。どうせ3年前のスペックのPCを手に入れるのなら、人とはちょっと違ったPCを選ぶのも悪くない。

 ぼく自身は、PCを携帯し、好きな場所で自在に使う行為は、あまりにも当たり前のことで、それは日常といってもいいくらいだ。その便利さ、楽しさを、多くの人に知ってもらいたいと思ってはいても、10万超、下手をすれば20万円を超えるような投資を強いるには説得力が足りなかった。でも、5〜6万円なら出してもいいと考えるユーザー層は、確かに存在したのだ。そして、Vivienne Tam Editionは、価格はもちろん、スペックとは関係のないところで欲しいと思わせる説得力を持っている。

 これでネットブックを手に入れたユーザーが、次のターゲットとして、もっと軽いPCをとか、もっとおしゃれなPCをとか、あるいは、もっと処理性能の高いPCを、もっとバッテリ運用時間の長いPCをと、さらに欲張った次のPCの選択につながっていけばいいと思う。いったんPCを携帯することを体験すれば、こうした付加価値を求めるようになるのは自然な流れだ。そして、その付加価値に対して追加の投資をすることをためらわなくなる。

 そういう意味で、ネットブックは、不自然なバランスを保っていたPCシーンを、いったんリセットし、新たな秩序を生み出すきっかけを作ったといえる。業界が目指すべきは、ネットブックの次に欲しくなるPCを、来るべきWindows 7の時代に備えて、準備しておくことではないだろうか。嘆いてばかりでは何も始まらない。

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(2009年2月20日)

[Reported by 山田祥平]

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