「やった! 直ってる!」。静かなオルゴールの音楽が流れる桜台マタニティクリニック(東京都練馬区)に明るい声が響いた。妊婦健診で検査を受けていた加藤知子さん(29)が、伊藤茂院長から、逆子(さかご)が直っていると伝えられたからだ。出産は1カ月後に迫っていた。
逆子とは通常、子宮内で頭を下に、足を上にしている赤ちゃんが、頭を上にしている状態をいう。最後に頭が出る時に赤ちゃんに酸素を送るへその緒が圧迫されて、低酸素状態にしかねない。逆子が直らないと帝王切開手術の可能性が高まる。加藤さんは超音波検査の画面に映し出された赤ちゃんの顔に目を細め、「いつも先生の『大丈夫、赤ちゃんは元気ですよ』という一言に安心してきたが、今日は特にうれしい健診だった」と話す。
◇ ◇
妊婦健診では尿、血液検査、血圧・体重・腹囲測定、超音波検査、内診などを行う。赤ちゃんの発育状況、母親の感染症の有無や流産・早産の兆候、妊娠糖尿病の恐れなどを調べる。計13~14回の受診が望ましいとされているが、待ち時間の長さや、1回4000~5000円の料金を負担に感じる妊婦も多い。
妊娠・出産・育児サイト「ベビカム」が07年に1064人に聞くと、健診の平均待ち時間は45~50分だった。1時間を超えた人の75%は「健診に行くと疲れる」と感じていた。
◇ ◇
健診を受けず出産間際に医療機関に駆け込む「飛び込み出産」が今、社会問題化している。逆子かどうかなど赤ちゃんの情報が乏しく、中には出産費用を踏み倒す妊婦もいる。
昨年11月に千葉県で開催された日本母性衛生学会。山口県立総合医療センターの報告では、昨年3月までの2年間に9人(17~37歳)が飛び込み出産した。健診を受けなかった理由について初産婦6人は全員が「未婚」を、経産婦3人は「貧困」や「多忙」を挙げた。調査にかかわった保健師の伊藤悦子さんは「健診を受けていないと感染症の有無が分からない。検査結果が出る前の出産になるため、赤ちゃんや医師、助産師への感染の危険が高まる」と顔を曇らせる。
国は、経済面から妊婦の受診を支援しようと、料金の公費補助に本腰を入れ始めた。昨年4月の厚生労働省の調査によると、全国の1800市区町村の平均補助回数は5・5回。東京23区はほぼ14回補助しているが、5市町村は1回のみ。財政力などが背景とみられ、厚労省は来年度から里帰り先を含む全国どこでも14回の補助が受けられるよう自治体を支援する方針だ。=つづく
◆記者の体験
4月の出産を控え、安心を重視し自宅から20分の大学病院を選んだ。待ち受けていたのは妊婦健診の長蛇の列。午前だけで30~40人の予約が入っている。2時間半以上待たされる時もあり、つわりの時はつらかった。同じ境遇なのだろう。待合室で口にタオルを当てて横になっている女性を何度も見かけた。
個人的に気になったのが医学生の存在だ。下半身にタオルだけを巻いて乗っている内診台の足の先に、担当医以外の若い男性がいる。教育機関である大学病院の使命と分かってはいるが恥ずかしい。
しかし、「込んでて無機質」という病院の印象は変わってきた。会社から帰宅後、急にわき腹が痛くなり、立ち上がれなくなったことがある。連絡すると、医師が病院玄関まで迎え、車椅子で運んでくれた。2人の医師が診察し、子宮を支える筋肉がつったことによる痛みではないかと丁寧に説明してくれた。妊娠後期に入り、健診時に助産師が時間をかけて食事の相談に乗ってくれたのも心強かった。
働く人の顔が見え始め、大学病院での出産に魅力を感じ始めている。健診は、健康状態を確認しながら、病院との信頼関係を築く時間だと受け止めている。【斎藤広子】
==============
北海道 5.2
青森 7.4
岩手 5.8
宮城 5.0
秋田 7.6
山形 5.4
福島 10.8
茨城 5.1
栃木 6.0
群馬 5.3
埼玉 5.1
千葉 5.3
東京 7.7
神奈川 4.9
新潟 5.3
富山 5.1
石川 5.0
福井 6.2
山梨 5.8
長野 5.6
岐阜 5.4
静岡 5.3
愛知 7.2
三重 5.0
滋賀 10.7
京都 4.4
大阪 3.0
兵庫 4.4
奈良 3.8
和歌山 2.6
鳥取 5.4
島根 6.2
岡山 5.4
広島 5.2
山口 5.4
徳島 5.0
香川 4.9
愛媛 5.5
高知 5.0
福岡 4.2
佐賀 5.0
長崎 5.0
熊本 5.0
大分 5.0
宮崎 4.6
鹿児島 5.1
沖縄 5.0
毎日新聞 2009年2月20日 東京朝刊