Microsoftが2月3日に発表したWindows 7のSKU(製品構成)で最も注目されるのは、現在低価格ミニノートPC(その代表格がネットブック)向けに提供されているULCPCライセンスのWindows XP Home Editionに代わり、Windows 7 Starterが提供されることになりそうだ、ということだ。Microsoftでは、Windows 7のすべてのエディションがネットブックのプラットフォームでも快適に動作する、としているものの、ネットブック製品の販売価格を考えれば、最もライセンス料の安いWindows 7 Starterが次期ネットブックOSの本命であることは間違いない。 このStarter版のWindowsは、XPから導入されたものだが、わが国では提供されたことがなく、イマイチ馴染みが薄い。筆者も前々回、Windows Vista Starterのディスプレイ解像度について上限を800×600ドットと記してしまったが、これは推奨解像度であり、どうやら上限は1,024×768ドットのようだ。 「ようだ」と自信なげな書き方になってしまうのは、Starterがパッケージとして販売されるSKUではないため、MicrosoftのWebサイトを見ても明確な書き方がされていないことが多いためだ。日本法人の説明会でもStarterについて尋ねてみたが、これまで国内販売されていなかったSKUだけに、即答することは難しい、ということであった。おそらく提供される国や地域ごとに、細かなライセンス条件の違いがあり、それにより提供する機能の違いが生じる可能性があるものと思われる。Windows 7ではStarterが全世界販売されることになるため、こうしたあいまいさはなくなるのではないかと期待しているが、発売前の現時点でどのような機能制限が設けられるのか、詳細は明らかにされていない。分かっている点については後述する。 Windows 7 Starterの最大のポイントは、この機能制限にある。これまでネットブック向けに提供されてきたWindows XP Homeは、そのライセンス条件としてULCPCライセンスというしばりがあったが、OSの機能として制約があったわけではなかった。つまり、ネットブックに搭載されているWindows XP Homeは、以前市販されていたWindows XP Homeのままであり、OSとして何らかの機能が省かれているわけではない。しかしStarterは、最初から特定の機能を使えなくすることで、安価に提供するSKUなのである。ネットブック用のOSとして見た場合、これが最も大きな違いとなる。 ●ULCPCとStarter 現時点で筆者が調べた範囲で、これまで提供されてきたStarterの制約と、Windows XP HomeのULCPCライセンスに関する制約を表にまとめてみた。最初のStarterであるWindows XP Starterには、相当に厳しい制約が設けられていたことが分かる。ユーザーアカウントは1つのみで、同時に起動できるアプリケーションは3本まで。しかも同一アプリケーションが開けるウィンドウは3つまでという制限もある。マウスの右クリックすら許さないというのは、すでにWindowsを使ったことのあるユーザーにとっては、さぞかしフラストレーションがたまる仕様に違いない。が、Starterが初めてWindowsを使うユーザーのためのライセンスである、ということを踏まえれば、大きな問題にはならないという判断なのだろうか。 【表】Starter版とULCPCライセンスにおける制限(筆者調べ)
*2 当初は80GB *3 同一OSの上位エディションへのアップグレード それに比べればWindows Vista Starterでは、かなり制約が緩和されている。Starter同士の比較なら、筆者でもXPよりVistaが良い(マシ、というべきか)と思うくらいだ。Starterには、新興国で蔓延しがちな海賊版対策という意味合いもあり、あまりに制約が厳しいと結局ユーザーが海賊版に流れてしまう、という判断が働いたのかもしれない。それでもGPUの助けを借りず(Aeroなしで)、1GBのメモリでWindows Vistaを使うのは、相当に覚悟のいる状況だろう。 それに比べれば、ULCPCライセンスのWindows XP Homeが快適であろうことは、この表からも明らかだ。SSDの16GBが若干タイトな制約になっているくらいで、OSの機能に制限はない。ディスプレイ解像度、あるいはディスプレイサイズについては、ULCPCライセンスの制約というより、Intelが安価にAtomプロセッサを提供する際の条件としている可能性もあり、その責をMicrosoftのみに押しつけてはいけないのかもしれない。 結局、ULCPCライセンスというのは、MicrosoftがOEMにWindows XP Homeを安価にライセンスする際の条件であり、OSに制約が加えられるわけでもなければ、利用するユーザーに制約を課するものでもない。SSDの制約にしても、あくまでもOEMがラインセスを受ける際の条件に過ぎないから、ユーザーが大容量のものに交換するアップグレードも可能だ。そのため特定のネットブック向けに大容量SSDさえ市販されている。 もちろんStarterの制約の中にも、ライセンスする際の条件に過ぎず、ユーザーのアップグレードを阻むものではない項目も含まれているだろう。しかし、同時起動アプリケーション数やホームネットワーク機能など、OSとして明確に機能を制限しているものも含まれる。これまでのULCPCライセンスのWindows XP Homeと同じようにはいかないのだ。 ●Starterからのアップグレードパスを要求する 思えば現在のネットブックは、いくつもの偶然に支えられた、幸運なプラットフォームだ。その前身である最初のEee PCが2007年末に登場した際、当時リーズナブルな価格で搭載可能なSSDが4GBに過ぎなかったこと。そこに最新版のOSであるWindows Vistaがどうしても収まらなかったこと。引っ張り出してきたWindows XP Homeが1世代前のOSであったため、最新版のOS(Vista)と機能比較されずに済んだこと。ネットブック用チップセットの内蔵グラフィックスが最新版のOSには非力でも、1世代前のOSには十分で、しかも枯れたドライバが用意できたこと。1世代前のOSならメモリ搭載量の制限が苦にならなかったこと。最後は幸運といっていいのかどうか分からないが、未曾有の不況で低価格なプラットフォームへのニーズが増していることだ。 しかしこんな幸運は2世代も続かない。Windows 7世代のネットブックは、OSの制約から逃れることはできない。現行製品と同じ最新世代のOSになる以上、安価に提供されるSKUには、上位のSKUより劣る部分がなければならないのは市場原理からも明らかだ。そうでなければ高価な上位SKUを誰も買わなくなってしまう。 ではWindows 7 Starterにはどのような制約が待っているのだろう。上述したように、現時点では細かな機能制約について、Microsoftは明らかにしていない。が、従来通りホームネットワーク機能がないこと、Aeroやマルチタッチのサポートがないこと、同時起動可能なアプリケーションが3本までであることは明らかにされている。 StarterがHome Basic(先進国向けの提供はなくなるが、Starterに代わって新興国市場向けに提供される)より下位のSKUであること、上位SKUが下位SKUの機能をすべて包含する上位互換となることをMicrosoftが明言していることを考えれば、Home BasicにないAeroやマルチタッチをStarterがサポートする「下克上」はあり得ない。つまりWindows 7世代のネットブックは、限られたCPUリソースで画面を描画する性能上の制約を抱え、同時に3本のアプリケーションしか利用できないという制限にしばられることになる。 これを不満に感じるユーザーも少なからず出てくるだろう。これならWindows XP Homeの方が良かった、というユーザーさえ出てくるかもしれない。それではせっかくWindows 7を良いモノにしようというMicrosoftの努力も報われないことになってしまう。 安価なプラットフォーム向けに、機能制限を加えたWindows 7 Starterを提供することは避けられないだろう。未曾有の不況に際し、Microsoftには安価なWindowsライセンスを提供せよという業界からの、有形無形の圧力もかかっているハズだ。その一方で、ユーザーは機能制限されたOSには不満を感じる。 この矛盾を解決する方法として最も望ましいのは、Netbook向けに安価にフル機能のWindowsがライセンスされることだ。しかし、その望みは薄い。先月、Microsoftの決算について取り上げた際に示したように、Netbookに対するWindowsのバンドル率は80%に上っている。この比率は上昇を続けており、Microsoftから安価にライセンスを引き出すプレッシャーを与えられるような、強力なライバルがいないことを示している。 次善の策として筆者が提案したいのは、Windows 7 StarterからWindows 7 Home Premiumへのステップアップグレードの提供だ。Starterに対する安価なアップグレードパスとしてHome Premiumへのステップアップグレードを提供することで、不満を持つユーザーに救済の道が開かれる。Starterの提供を続けることで、とにかく安価にPCを手に入れたいという要望にも応えられる。ステップアップグレードは不要だと思うユーザーが、追加のコストを負担する必要がない点でもベターだ。 NVIDIAが提唱するIONプラットフォームのような、高いGPU能力を秘めたプラットフォームも、ステップアップグレードを加えることで、そのポテンシャルを発揮できるようになるだろう。現在、Netbookに比べて影の薄いNettopも、PCI Express x1スロットを内蔵させ、対応のグラフィックスカードとステップアップグレードをバンドルしたアップグレードキットをオプションとして提供することで、Netbookとの差別化が可能になるかもしれない。 表にもある通り、これまでStarter版はステップアップグレードの対象とされてこなかった。ULCPCライセンスについても同様だ。その規定を変える必要があるわけだが、Starterを新興国限定から全世界提供にするという大きな変更に比べれば、Starterにステップアップグレードを提供するというのはマイナーな変更に過ぎないのではないだろうか。Windows 7 Starterでは、ぜひステップアップグレードの提供を検討して欲しい。 □Microsoftのホームページ(英文) (2009年2月18日) [Reported by 元麻布春男]
【PC Watchホームページ】
|