2009-02-16
■[読書・文学] 村上春樹のスピーチを訳してみた(要約時点)進化版Ver.3.0
現地時間2月15日夜、村上春樹はエルサレム賞授与式に出席し、スピーチしました。現地での第一報にそのスピーチの略されたものが載っておりましたので、ザッと読んで日本語訳してみた次第です。*1
訳し間違いや勘違い等があれば修正いたしますので、ブクマやコメ欄でご指摘いただけると幸いです。私の(スピーチに対する)感想は、そのうちまた時間があれば。
そう、僕はイスラエルにやってきました。小説家として……「嘘」を紡ぐ者として僕はここに来ました。
「嘘」をつくのは小説家だけではありません。政治家も(大統領閣下、すいません*2)、外交官もまた、嘘をつきます。
けれど、小説家と彼ら(政治家や外交官)のつく「嘘」にはいくつかの違いがあります。
僕たち小説家は嘘をついても訴えられることはないし、その嘘がより大きければ、多くの賞賛を得ることができます。
そしてまた、彼らと僕たちの「嘘」の違いは、僕たち(小説家)の嘘が、時に真実を照らし出す一助になることにもあります。真実をつかみ取ることは非常に困難なことです。ですから僕たちは、その真実を「フィクション」の世界に作り替えるのです。
本日、僕は「真実」を話すつもりです。僕は1年のうち数日だけ、嘘をつかない(小説を書かない)日があり、今日はそのうちの1日なのです。
今回のエルサレム賞受賞について打診された時、僕は【その賞を受け取るべきではないと、多くの】警告を受けました。なぜならガザは紛争の最中にあったからです。「いまイスラエルに行くことは適切なのだろうか?」、「僕はどちらか片方に肩入れするのだろうか?」【、「その賞を受け取ることは、圧倒的な軍事力を行使する政策を是認したことにならないか」】と自問しました。
【もちろん、こうした印象を受けることによって、僕の本がボイコットされることはあり得ません。しかしながら、最終的に】僕はそれらを考慮し、その上で、ここに来ることに決めました。【来ることを決心した理由のひとつは、非常に多くの人が僕に「行くべきではない」と言ってきたことです。】多くの小説家がそうであるように、僕は僕が天の邪鬼であることを好んでいますし、それは僕の、小説家としての本質に関わることです。
小説家は自分の目で見たこと、自分の手で触ったことしか信じることができません。ですから僕は、何も語らないでいるよりも、自分で見て、ここで語ることを選びました。
そしていま、僕はここに来て語っています。
【僕は立ちすくんでいるよりも、ここに来ることを、目を反らすよりも見つめることを、沈黙よりも語ることを選びとりました。そのうえで、僕はひとつの、とても個人的なメッセージを届けるためにここに来ています。これは僕が「フィクション」をつづるさいにいつも心がけていることであり、紙切れに書きつけて壁に貼る、というわけではないけど、僕の心の「壁」には刻み込まれていることです。それは、】
もしその「壁」が――その壁にぶつけられる「卵」が壊れてしまうほど――固く、高いものであるならば、どんなに「壁」が正しくとも、どれほど「卵」が間違えていたとしても、僕は卵のそばに立つでしょう。
なぜか? 僕たちひとりひとりが、その「卵」だから、かけがえのない魂を内包した壊れやすい「卵」だからです。僕たちはいま、それぞれが「壁」に向かい合っています。その高い壁は、「システム」です。*3
僕が小説を書くさい、たったひとつの目的しか持っていません。それは個々人のかけがえのない神性*4を引き出すことです。その個性を満足させるために、そして僕たちが「システム」に巻き込まれることを防ぐために。だからこそ僕は、人々に微笑みと涙を与えるべく、人生と愛の物語を書きつづります。
僕たちはみな、人間であり、個人であり、壊れやすい卵です。
「壁」はあまりに高く、暗く、冷たすぎて、それに立ち向かう僕たちに、望みはありません。(だからこそ)「壁」と戦うために、僕たちの魂は、暖かさと強さを持つべくお互いに手を取り合わなくてはなりません。僕たちは僕たちの作った「システム」に操られてはいけません――そのように僕たちを形作ってはいけません。それはまさに、僕たちが作った「システム」なのですから。
僕の本を読んでくれたイスラエルの人々に感謝します。
僕たちはいくつかの意義を共有できると願っています。
(そんな「共有できる」)あなたたちこそが、僕がここにいる最大の理由なのです。
『エルサレムポストFeb 15, 2009 23:57』より抜粋のうえ拙訳
【 】内はAP通信伝より抜粋のうえ拙訳
さ、仕事仕事。
【追記】
【追記2】(参考)
村上春樹、エルサレム賞授賞式でイスラエルを批判(モジモジ君の日記。みたいな。)
「わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか」(琥珀色の戯言)
よくやったじゃねえか、村上春樹、よくやったぜお前! そして打順は巡ってくるんだぜ、俺、世界!(関内関外日記)
【追記3】
『報道ステーション』のyoutube画像と、AP伝を発見した。AP伝を読むとだいぶニュアンスが違うなー。なので本文に追記しました。また、エルサレムポストは村上春樹の発言部分にもけっこう手を入れてるんだな、という印象を受けました(主に要約だけど)。特にAP伝は直接音声から起こしたっぽいので、ぜひ参照してください。より「村上春樹らしい言い回し」*5をしていることがわかります。つーか村上はけっこうハッキリと「行くなと言われた」とか「圧倒的な軍事力を行使することを支持していると受け取られるのではないか」とか言ってますね。
【追記4】
アップしてから12時間経過。(当エントリも含め)このスピーチは各所で話題になっているようですが、現時点ではあまり言及されていない点をふたつほど提示しておきます。
(1)(あくまで記事執筆者が正確に村上スピーチを書き記しているという前提ではあるが)ここには「クレタ人の嘘」が仕込まれている。「(嘘を紡ぐ者としての)小説家としてエルサレムに来ました」と語る者が、「今日は嘘をつかない日です」と語ること。そしてのその前段で、「小説家の嘘は政治家や外交官の嘘とは違う」と語っていた上でのこと、という文脈
(2)「卵」には「殻」があり、それは「壁」としてのメタファーも有すること。村上が語った「(私たちが形作られるのではなく、私たちが作った)システム=壁」という単語は、そうした二重三重の意味を持っている(卵の中身は通常、殻の形によって姿を変える。いっぽうでその卵を【暖め続ければ】、ひな鳥はその殻を破り、世に出てくる)*6
=現時点での感想=
◆共同伝の要約にはエルサレムポストに見あたらない単語がいくつかあるんだが、まあ全文待ちやね(どこかにアップされる予定はあるんだろうか)
◆まあそれでもいろいろとニュアンスの違う記事がでていて、そういうところがまさに「村上春樹らしいなあ」と思う
◆いずれにせよかなり練り込んだスピーチのよう(当たり前か)。「ユダヤ対アラブ」という構図を「システム対個人(壁対卵)」と読み替え、普遍性、汎用性を高めているあたりがうまい
*1:最初に書いておきますが、小生の英語力は中学3年時点をピークにして下降の一途を辿っております。ポコッと時間があいたので20分くらいで書き(訳し)殴りました。おまけに全文ではありません。『エルサレムポスト』紙に掲載されたもので、記者の解説部分はザックリ削ってあります
*2:授賞式にはエルサレム市長だけでなく、第9代イスラエル大統領、シモン・ペレスも出席していた
*3:原文ではここで(「編集注」なのか単なる『』付けのミスなのかはわからないが)付記のように以下の文章がついている。「(そのシステムは)個人としてならば通常は適切だと思わないようなことを、私たちに行なわせます」←自信なし、コメ欄指摘をコピペ
*4:ここは深い。unique divinity of the individualのニュアンスがユダヤ教圏でどう受け止められたのか知りたい
*5:「So please do allow me to deliver a message, one very personal message. 」とか「I have never gone so far as to write it on a piece of paper and paste it to the wall, rather it is carved into the wall of my mind.」とか
*6:「深読みにすぎる」と言われそうですが、ま、深読みは趣味ですし、テクストの醍醐味は深読みと誤読にあると思っております。むしろこうした誤読、それぞれの特異な解釈の広がりこそが、The unique divinity of the individualと呼べるものの一端ではないでしょうか
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