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2009年02月16日

最終回の冒頭コメント。

キンキンのサンデーラジオを、ご贔屓いただき、ありがとうございました。
最終回の冒頭を聞き逃した方から、たくさん、もう一度説明を…との伝言をいただきました。
ここに、録音を聞き起こして、その部分を記録しておきます。
いつまでこのホームページがあるかはわかりませんが、これが私たちスタッフにできる全てです。
本当に、ありがとうございました。

M(ウィリアム・テル序曲)~BG

伊藤 キンキンのサンデーラジオ!
愛川 略して、キンサン!


~BG

おまっとさんでした、こんにちは、愛川欽也です。
元気にスタートするつもりでいましたが、なんかやっぱり放送が始まると、思いが一杯になって、私は今、何をしゃべっていいか、はっきりしません。はっきりしない中で、ご報告があります。何よりもまずこのラジオを愛してくださった、聴いてくださるリスナー、つまり、視聴者の皆さんに対して、心からお詫びを申し上げます。
理由は、今日をもちまして、キンキンのサンデーラジオは、終わることになりました。いきなりで、びっくりした方も、きっといらっしゃると思います。なぜなら、きっと、今日もまた、聞いてくださってるから。
思えば、ただ、やめます、終わりますといってもはっきりしないと思うんで、僕のしゃべれる範囲の理由を説明しなきゃ、納得がいってもらえないと思うんで、ちょっとだけ話させてください。
まず、その前に、この番組を支えてくれた皆さんに、最初に、私の力不足がこうなったということを申し上げて、お礼を申し上げたいと思います。まず、岡部さん、プロデューサー、どうもありがとうございました。そして渡会くん、矢島、ありがとう。それから、もちろん、そのほか、ディレクター、アシスタントの皆さん。そして、大久保さん、今日もありがとうございました。それからなにしろ俺を飼育してくださった、佳子。そして、七海ちゃん。
まあ、とにかく、そういうわけで、具体的に言いますと、この番組は現在、お気づきの方もいるかもしれませんが、民放では珍しい、全体を通してのスポンサーがおりません。で、おりません中でやって参りまして、なんとかしてスポンサーを探して、この番組を継続したいという思いは、我々のスタッフ、みんなの中にもありましたし、僕もありました。そして、そのために、うちの方も、家族総動員…たって、二人しかいませんけど(笑)動いて、いろいろなことをしようとしかけました。
しかしながら、僕はその中で、どこかやっぱり甘えるところがありまして、文化放送の営業さんも探してくれるだろうと、思ってましたが、その結論を先に言いますと、実は、四月から、次の番組が決まっておりました。したがいまして私は、黙ってれば三月の終わりまで、知らずに、終わることを告げられなければ、そのまま、放送していたかもしれません。
しかし、そのことが、私に、それは、伝わってきます。で、わかりました。そうすると、わかった以上これから、四月で、どなたかわかりませんが、黒字になる番組をおつくりになるスポンサーとその方、おしゃべりになる方を背景に、その方にバトンタッチするまでの間、一ヵ月半ほど、なんかお通夜みたいな番組をお送りするのは、私の意に反します。
従いまして、岡部プロデューサーと、長々とお話をしまして、結論としては、岡部さんは、「欽也さん、今日じゃなくて、22日まで放送しましょうよ」と、再三、お話しになりました。
けれども、僕、考えたら、僕の性格は、今日このことを発表しちゃった上であと一週間、来週まで一週間置いて、またお通夜みたいな番組をしたくありません。最後まで明るく、放送を終わらしたい、というのが僕の考えです。
従いまして、そのことで考えると、僕にそういうスポンサーをつけなかった…っていうかつくことができなかったのは、あくまでも、愛川欽也、力不足…この力不足は、急に僕、力が強くなるわけではありませんので、もうこれ以上、なんとも申し上げられません。ただ、支えてくれた皆さん、特に僕のこの仲間たち、スタッフは、これからもこのラジオの世界で一所懸命働いていく皆さんですから、一所懸命働いてください。
それから、聞いていただいた皆さんには申し訳ないので、今後、たとえば「炭水化物友の会」なんてのは僕の考えで作りました。このラジオの後援会です。この皆さんには、僕がきちんとした絵葉書を作り、そして文化放送さんの…岡部さんのほうから、まもなくお送りしようと思います。
あと、もう一つ言うならば、うちのシンペイが、いま一所懸命、パソコンを勉強中で、三月に入りましたら、僕の公式ホームページを立ち上げます。これは、もしかしたら、インターネットを使えない方にとっては、何をいってんだって言われちゃうかもしれないけど、いろんな形で、そこで、僕自身の情報発信はしようと思います。毎日のように更新して、名物なブログを作りたいと思っています。三月になったら、スタートすると思います。シンペイがあんなに男らしく見えたのは初めてのことですが(笑)、本人はもうデスクも買って、大久保さんの指示に従って秋葉原に行って安いノートパソコンも…形から入っています。
で、そこをシンペイの小さな事務所にして…うちの台所で、スタートします。
あと、今日、これ以上話すと、いろんなところでグチも出ますから、やめます。通常の運転で、通常の放送をして、4時でお別れということになりました。
もう一回、申し上げます。私の、力不足だと思います。

伊藤 いや、私は、本当に、そんな風に思ってないんですね。ラジオをお聞きの皆さんも、そのあたりはおわかりいただいていると思います。欽也さんは一所懸命、このラジオのために…3年と3ヶ月、キンサタから始まりましたけれども…本当にこのラジオを愛して…リスナーさんを愛して、もう、本当、一所懸命やってくださいました。本当にありがとうございます。欽也さんの力不足で終わるわけじゃないので…

愛川 いや、そうです。あのね、僕ね、いろんな番組を終わったとき、あんまり寂しいと思ったことないんですよ。正直言って、あんなに当たった「11PM」終わる日もね、最後に亡くなられた世良さんのピアノでね、歌いながらさよならしたし、それから「なるほど! ザ・ワールド」も…あれだけの人気の番組が終わるということは…あの場合も編成上の違いとかなんか、いろいろなことがありまして、堂々と最終回をやって、そしてその後打上パーティが…その日だけじゃなくてあって終わりましたし…
あと、まあ、デカい番組ずいぶんやりましたけど…ラジオもずいぶんやりました。ただ、深夜放送の「パック・イン・ミュージック」っていうのは…なんか自然消滅みたいに終わらしちゃったのを、僕は非常に後悔しておりました。
それから、その後、やりました番組でも、今度みたいに、はっきり言って、腑に落ちないで番組を終わらせたことはありません。その点では、私は…本当、これは本当に、冗談じゃなく、放送は、ウソをつかない放送をやろうってのが僕の趣旨ですから、これは本当のこと言うと、ここでバッタリ倒れて佳子に支えられながら、最後、息を引き取る瞬間まで、俺は…やっぱりけっこう俺はラジオ人間だったな、という終わり方が夢でした。正直。佳子は本当にかわいいと思いますし。

伊藤 私もそう思ってました、本当に。

愛川 でも、とうとう僕は、そういうことができなくて終わることが、まあ、仕方がないことだ、という風に思います。で、これ以上言うと、こういうのをグチの上塗りってのか…そういうことになりますから、言わないことにします。いつも通りの、スケジュールで…

伊藤 明るく、4時まで。

愛川 そうですね、4時まで、えー、今日は、競馬が、予想以上に長く走る馬だそうですから(笑)…。

伊藤 しかも長いんですね、競馬がね(注:よりによって3400mという長距離のダイヤモンドステークス)。

愛川 ですから、終わりは、非常にあっけなく終わると思います。

伊藤 短くなりそうなんで…エンディングが。ここでたっぷりお話いただきました。
(番組内容説明あって)
電話番号は、東京03 5403…1134…(絶句)ごめんなさい。

愛川 佳子。

伊藤 はい…本当にすみません。

愛川 俺が佳子の面倒は、見切れないよ。

伊藤 そうですよ、FAXは…

愛川 俺が飼育されてんだから。

伊藤 ホント、そうですよね、メールは(アドレス説明あって)、で、お待ちしています。本当にごめんなさい、曲いきましょう、曲。…あ、そうですね、電話受付スタートの合図からですね。

愛川 電話受付のスタートしなきゃ、みんな困っちゃってるよ。

伊藤 本当に私だけ泣いていて、バカみたいですね。

愛川 バカみたいですよ。お電話、スタート!

(呼び出し音、続々と鳴って…)

伊藤 たくさんのお電話お待ちしています。(再度、番号の案内あって…)では、今日の一曲目、欽也さんからご紹介いただきましょう。

愛川 えー、愛川欽也「うつむいて歩こう」
♪「うつむいて歩こう」

投稿者 大久保 : 2009年02月16日 04:54

 

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