――これは、万博の本ですね。
「行ったであろうパビリオンの所に、パビリオンのスタンプが押してあるんですよ。あと、外国人のサイン(笑)」
――これは普通に欲しいですよ。一般的に価値の分かりやすい『痕跡本』だと思います。
――中古ファミコンの、カセットに書いてある名前の持ち主をたどっていく『ファミカセいこかもどろか』というプロジェクトをやっている、トリオフォーというグループの山下さんという方が、『痕跡本』に興味を持っていらして。『痕跡本』展示をしている人に逢いに行きますよ、と伝えたら、これ訊いてみてください、というのを頂いたので、ききます。『痕跡本以外で、何か興味があるものが、ありますか?』
「リサイクルショップの、紙モノに興味がありますね。誰が書いたのか分からない、モデルも誰なのか分からない、へたくそなイラストとか、10円で売ってたりするんですよ。なぜそれを売ったのか、なぜ買い取ったのか、なぜ10円なのか、サッパリ分からない。それを集めたいですね。集めるの、難しそうですけど。
あと、古いチラシなんかも集めたいですね。
ゴミのようなものから、何かを空想したいんです。落ちてる手袋から何かを想像してもいいんでしょうけど、そうすると元の情報が少な過ぎて、90%がこちらの妄想になっちゃいますから。紙モノは、ある程度限定されるぶん、逆に面白いんですよね」
――なるほど。あと『カレイの背中に手紙が刺さっていた話に、興味ありますか』と。
「ああー、あのカレイの話、良かったですよね!」
――あのカレイ、ってそれで通じるんですか!? 私は調べるまで知らなかったですよ、このニュース。(千葉の銚子で、15年前に小学生が風船に付けて飛ばした手紙が、カレイの背中に張り付いて水揚げされ、もう女子大生にまで育っていた本人まで返信が来た、という話)
「奇跡的ですよね、カレイに張り付いていたのも偶然だろうし」
――漁師さんが、『なんじゃコレ』って捨てないで、手紙の差し出し主を、ちゃんと問い合わせて調べたっていうのも、いいですよね。善意の積み重ねによる奇跡ですよ。
ファミカセもそうだと思うんですけど、持ち主に返して、喜んでもらえるものはポップですよね。『痕跡本』は、全部がそうでもない、というか。針の穴だらけのマンガ本を返されても、困るでしょうし。
「たぶん、そうでしょうね。
本を集めながら、いろいろ考えているんですけどね。
……『痕跡』によって、一生会わないかもしれない、町ですれちがってもそれ以上の関係にはなりそうもない、元の持ち主の、生活や興味の対象を知ることが出来るって、すごいなあって」
――そうですね。本や紙って時代を超えて残るから、時間も飛び越えるし。
「普段は決して語られない、そんな物語の断片に触れると……自分のまわりの、小さな閉じた社会以外の、『関わり合いがない』と思ってた他人の存在に、気付くことが出来るし。
けして有名じゃない、普通の人にもその人だけの人生があって。人は、一生のうちに必ず一冊は小説を書く事ができるという言葉がありますが、『痕跡本』は、無意識に書かれた小説の断片なのじゃないかと思うんです」
――針の穴も、小説だと。
「もちろん針の穴も。
それらに価値付けをして、痕跡に関する読書会なども出来たらいいな、と考えてます」
人間が無意識に残した痕跡というのが、こんなに強烈なものだとは、考えたことがなかった。
正直、展示を見ていて疲れるほどだった。「自分は、本に書き込まないタイプで良かった…」なんて思った。
でも古沢氏は「本に残った生活の跡、例えばコップを置いた跡なんかも、もっとよく見ていきたいですね」とか言っていたので、油断は出来ない。
あなたの本も、痕跡が残ったまま、どこかへ流れていくのかもしれない。そして「5万円」とか、「うそ!」っていう程の値段が、勝手に付いてしまうのかもしれない…よ? |