2007/01/19(金) 00:03:16 [韓国]
今も現実に続く韓国人の「レイプ」!
「韓国人が日本人少女に暴行」…内容に現地韓国系市民が反発
日本の敗戦直後、韓国人らが韓国から脱出しようとする日本人の女性や子供を迫害し、性的暴行をほしいままにしたという内容が記された日本人作家の自伝的実話小説が、米国の全地域で中学校の教材として使われていることが分かり、現地の韓国系市民らが強く反発するなど、波紋を呼んでいる。 問題の本は、日本人鉄道会社社員の娘で、1945年の日本敗戦時に北朝鮮の羅南から脱出したヨーコ・カワシマ・ワトキンズ氏が書いた『ヨーコの話(So far from the Bamboo Grove:竹の森遠く)』朝鮮日報 1月18日より
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騒ぐまでもない、現実はもっと醜い!
朝鮮日報(1月18日)は、「この件について、米日刊紙ボストン・グローブは最近の一連の報道を通じ、米国の全地域で中学校の教材として採択されたこの本に対し、一部韓国系生徒と保護者らが強く異議を唱えていると伝えた」と。教科書の記述で騒ぐまでもあるまい、今日の現実はさらに醜い!
韓国人による日本女性に対する「レイプ」は今もなお、現実に続いている。しかも「戦中」ではなくこの現代に。韓国人は、これをどう説明するのだろうか?ほんの数例だが、よく知られている事件を列挙する。
◆平成12年(2000年)1月25日に逮捕された在日韓国人・李昇一は、フジテレビ関係者を名乗り、少女を連続レイプ。被害者の少女の数は、約140名に上った。
◆平成10年(1998年)8月21日に逮捕された在日韓国人・宋治悦は、目白通り沿いに住む女性(主婦含む)19人をレイプした。「目白通り沿い連続強姦事件」として、全国に知られた凶悪事件であった。レイプした女性から奪ったキャッシュカードで現金を引き出し、銀行の防犯カメラより、宋治悦であることが判明した事件であった。
◆平成12年(2000年)8月19日に逮捕された韓国人・金允植は、韓国内の強姦事件で指名手配される直前に、逃亡目的で平成10年9月に来日。大阪で夫が出勤後の民家を狙い主婦を連続レイプ。2年間で被害者は200名以上に上った。
◆平成17年(2005年)4月6日に逮捕された在日韓国人・金保(永田保)は、教会内で日本人少女35人にレイプを働き、うち7名に対する強姦罪で起訴された。
◆平成18年(2006年)1月1日に逮捕された在日韓国人・金義昭は、平成16年(2004年)4月中旬〜11月までの間に、京都市下京区や大阪府高槻市などで、トイレを借りるふりをして住居に侵入。10〜20歳代の女性を狙って6件のレイプを繰り返した。
◆平成18年(2006年)6月に逮捕された在日韓国人・金平和は、1人暮らしの女性宅の窓ガラスを破って侵入し、帰宅した女性をレイプ。そしてその後に、手足を縛ったまま大型のバッグに閉じ込めて自宅に連れ去り、2日間レイプを続けた。DNA鑑定から、多数の女性が被害に遭っていることが分かった。
そして、この平成19年(2007年)1月16日、強姦(ごうかん)未遂と強盗の疑いで逮捕された韓国人・金龍義は、平成18年(2005年)11〜12月にかけて、大阪市住吉区や天王寺区で、駅のトイレなどで女性が襲われ、現金を奪われる事件が3件発生。うち1件は現場に残った指紋が一致。2件は防犯カメラの映像などから金容疑者の犯行とみられ、大阪府警住吉署は連続女性暴行事件とみて余罪を追求中。同族の朝鮮人の実例も挙げればキリはない。 とても人間のなす業(わざ)と思えないのである。
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見識が疑われる「ハーバード大教授」
朝鮮日報の同特集記事(下)では、「ハーバード大で韓国史を教えているカーター・エッカート教授」なる人物を紹介。ボストン・グローブへ寄稿したという文面の教養が疑われる。
云く「日本が40年間韓国を支配し、従軍慰安婦の徴集や強制連行などをほしいままに行った歴史的脈絡を省略したことも、この本が強い影響力を持つことになった一つの理由といえる」と。これが、もし、「エッカート教授」の文面であれば、同教授の品位と知性が疑われるであろう。
筆者は、同東部の大学で学位を得た1人である。いかなる分野の教授と話しても、「従軍慰安婦」を信じる者は1人もいなかった。品位ある学識者は、朝鮮人が吹聴するような、日本人に対する悪口雑言など信用していないからだ。
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“従軍慰安婦”は存在せず!
戦争下における「軍人に対する売春」。それに従事した婦女は、世界各国で自然発生的に存在した。殊更に、日本のケースのみを採り上げ、しかも針小膨大に喧伝し、これに“従軍慰安婦”を混同させる策動があるが、全く性質が異なるので区別が必要だ。“従軍慰安婦”は存在しなかった。
“従軍慰安婦”の嘘八百がどこから生まれたかといえば、これも、例によって朝日新聞から出たのであった。朝日新聞は、吉田清治(本名・吉田雄兎)なる人物の『私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録』(1983年)をもとに、 1991年から翌年にかけて4回にわたり報道。さらに、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の1人が名乗り出たと報道した。
この創作を、吉田が、その後も朝日新聞、しんぶん赤旗などで自身の“戦争犯罪”の告白として虚言を撒いたのである。朝日新聞の報道に続いて、日本共産党の機関紙・赤旗は、「昭和十八・十九の二年間で千人以上」(1992年1月26日)と報道。朝日新聞も「吉田さんらが連行した女性は少なくみても九百五十人」(1992年1月23日夕刊)と追い討ちをかけたのであった。
“従軍慰安婦”に驚いた宮沢喜一は、調べもせずに、首相に就任直後の訪韓(1992年 1月17日)における日韓首脳会談の中で、8度も謝罪を繰り返し、「真相究明」まで約束。これに続いて、1993年8月4日の「河野談話」が生まれたのであった。宮沢の謝罪に狂喜した韓国政府が用意した自称慰安婦たちの話を聞かされ、その証言の裏付けも取らず、検証も行なわずに、それらの“証言”を唯一の証拠として慰安婦の強制性を認め、謝罪したのである。
当時、韓国側からは、「強制性を認めればこの問題を収める」という持ちかけがあった。ワナである。事なかれ主義の河野洋平は、さっさと謝罪はしたが、「この問題は収める」との韓国側の言葉は「騙(だま)し」であったことは云うまでもない。そこで“従軍慰安婦”の虚偽は「事実化」されたのであった。
その虚構の流れの中で、“被害者”の数は、当初の吉田証言の「1人」から20万、30万人へとあっという間に膨らんだ。これを捏造の「ビッグバン」と筆者は呼ぶ。宮沢喜一、河野洋平らの屈中(朝)政治家の罪は万死に値する。だが、また、これらを利用して「嘘」の既成事実化を企てた朝鮮人の罪はさらに重い!
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【筆者記】
朝鮮中高級学校高級部の男子生徒が、玉川大学の農学部に出願し、同大学が規定により受資格無しと応募を拒絶した件について、枯野に放った火のごとく、全国のメディアはこぞって報じている。玉川大学は、この報道を逆手にとった同胞の朝鮮人による攻撃の標的にされている。
メディア報道の在り方次第で、あらぬ事件や犠牲者を生むことがあり、良識が問われる問題でもある。
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2007/05/18 00:00 カウンター設置 (数値はPCカウントのみ累算)
Author:博士の独り言
いかなる組織、団体とも無縁の日本人発行のメルマガ、およびブログです。初期のように、氏名とプロフィール、写真を掲載すべきと考えていますが、迫る身の危険回避の意味からも自重すべし、との筆者をよく知る友人らの制止により、現在は「博士の独り言」として活動しています。活動自体も全く無収入です。