「もってあと1年です」
家族ががんを患い、主治医にそう告げられたらどうしますか。
安岡佑莉子さん(59)=高知市=は闘う決意をしました。22歳だった長女英子(あやこ)さんが進行性の胃がんになったのです。「1年で死なしてなるものか」
99年夏、高知医大(現・高知大)で検査を受けた帰り、佑莉子さんは車を運転しながら、娘に切り出します。「何の病気やと思う」「胃かいようやろ」「驚いたらいかんけど、胃がんや」。沈黙の後、助手席からすすり泣きの声が漏れます。一緒に泣きたいところを努めて明るく、「初期のがん。手術すれば治る」。うそでした。
9月に胃の4分の3と胆のうを切除しました。5時間がかりの大手術です。主治医は「腹膜に播種(はしゅ)(転移)しています。もって1年。再発する可能性は80%です。再発したら助かりません」。主治医を信頼していましたが、「やれることはぎりぎりまでやりたい」。
「再発したら治療法はありますか」。専門誌を頼りに著名な医師約100人に手紙を送ります。返事は3通だけ。しかも色よいものではありません。「治療よりも残る時間を一緒に過ごしなさい」
医大図書館などに通いつめ、専門の医学書を読みあさります。そうしないと心の動揺が収まらなかったのです。「胃の壁の厚さは? その外は何?」。納得のいくまで調べ、疑問点は主治医らに尋ね、「医学部に入れるぐらい勉強した」。抗がん剤の情報を求め、製薬会社にも再三電話しました。
当時、がんの相談ができる場所が高知にはありませんでした。「みんな困っているに違いない。なければ作ろう」。主治医らの協力で、02年12月に患者会「一喜会」を作り、会長を務めます。
英子さんは抗がん剤の副作用と闘いました。がん克服の目安とされる術後5年も無事に過ごし、05年に結婚。昨年6月に待望の長男大晴(たいせい)君に恵まれました。現在32歳。今は抗がん剤は不要です。手術から今年で10年になり、「一生懸命の姿を神様が見ていた」と佑莉子さんが言うのもうなずけます。
活動は止まりません。県に働きかけ、07年に県がん対策推進条例が成立しました。同年10月からは「がん相談センターこうち」(高知市旭町3のソーレ3階、088・854・8762)を開設し、1000件以上の相談を受けています。無料です。
最新の治療や薬の情報を得るため、北海道から九州まで幅広い人脈を広げ「この症例ならあの先生」。持ち前のパワーと明るさで専門医と友達になり、電話1本で無理を言える関係を築いています。
国民の2人に1人ががんになり、3人に1人はがんで亡くなる時代です。佑莉子さんは娘への心配が軽減された後も、わがことのように真剣です。「願をかけたんです。『娘に再発だけはさせないでください。その代わり私のできることはどんなことでもやります』と」。頼もしい「はちきん母さん」は、がんと闘い続けます。【高知支局長・大澤重人】
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一喜会は16日午後5時50分から、6周年記念講演会を開く。講師はがんのチーム医療を推進する米テキサス大MDアンダーソンがんセンター腫瘍(しゅよう)内科医の上野直人さん。高知市本町4の県民文化ホールで。無料。
※次回は15日に掲載予定です。
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毎日新聞 2009年2月11日 地方版