音声ブラウザ専用ショートカット。こちらより記事見出しへ移動可能です。クリック。

音声ブラウザ専用ショートカット。こちらより検索フォームへ移動可能です。クリック。

日経エコロミー

環境とビジネスに関する最新ニュースとお役立ちコラム満載


マエキタ式エコ・コミュニケーション術(マエキタミヤコ)

アドボカシーに実効性はあるか(07/09/21)

マエキタミヤコ
1963年東京生まれ。コピーライター、クリエイティブディレクターとしてNGOの広告に取り組む。02年広告メディアクリエイティブ[サステナ]設立。「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表・幹事。上智大学、立教大学非常勤講師。

 「ほっとけない世界のまずしさ(ホワイトバンド)」はそれまでの貧困解消運動を「チャリティからアドボカシーへ」大きくシフトさせた画期的なキャンペーンでした。それまでのキャンペーンはほとんど、寄付→お金集め→現地へ送金、という流れでした。特に20年前にミュージシャンたちが呼びかけたアフリカ救済キャンペーンは、チャリティアルバムを発売し、280億円の寄付を集め大成功。ところがその後NGOから、280億円はアフリカ諸国が先進国に送っている債務返済の1週間分と聞かされ、当人たちは大ショック。成功したと思っていながら事態が悪化したこの20年を挽回するため、再度立ち上がることを決意しました。

 今度はNGOたちと一緒に作戦を練り、それまで単一的だった、寄付→送金、という善意の流れに、寄付→世論形成→政策変更(アドボカシー)、という流れを新たに加えることにしました。あまりにも凶暴な貧困に対し、個々人の善意をお金として集め現地へ送金するだけでは、焼け石に水。足りない。それよりも、人々の善意で正当な政治の流れを作り、それで事態を改善するのだ。それが、今回のG-CAP(Global Call to Action against Poverty:貧困解消の行動を促す国際的な呼びかけ)の始まりでした。「チャリティー寄付からアドボカシー(政策提言)へ」というシフトは、それまでの数十年の経験を経て、世界中のNGO(市民団体)が到達した、ひとつの回答だったのです。

■約6兆円の債務帳消しにつながった

洪水に襲われ緊急事態宣言を出したウガンダ=15日(AP Photo)

 2004年9月、南アフリカ・ヨハネスブルグに集まったNGOが始めたG-CAPはその後80か国に広がり、2005年7月2日にはグレンイーグルスG8サミットに集まった各国首脳にプレッシャーをかける「ライブ8」が世界で同時に開催され、日本でも同日ホワイトバンドが発売されました。2005年9月25日、ついに世界銀行とIMF(国際通貨基金)は、最貧国の550億ドル(約6兆円)の債務帳消しを発表しました。

 これまで数十年間活動してきた粘り強いNGOの成果であるのはもちろんですが、チャリティからアドボカシーへと作戦変更した最後の一押し効果も大きかったと思います。280億円と6兆円。この差は、貧困解消への世界市民の意志表示であるとともに、市民が正当な権利をもって政治へ訴えかけることは大きく世界を変える可能性がある、という証明でもありました。

 市民主体のキャンペーンで政治の世界へプレッシャーをかける、そんなアドボカシーの正当性が定着していなかった日本では、未知のタイプのキャンペーンを展開するホワイトバンドにバッシングが起こりました。「お金はアドボカシーに使います」と説明していても「お金の使い道が明らかではない」と言われました。「明らか」でなかったのは「お金の使い道」の方ではなく「アドボカシー」の方だったのではないでしょうか。

 いま振り返ればそう思える私たちも、その時点では混乱していました。アドボカシーの語彙解説やその背景、またそれが取り組みに値する行動であることを説明する以前に、一生懸命お金の使い道を説明していました。もちろん利益の一部の使途も大切です。ただ、使途が示された後もしばらく「不明瞭」という声が続いたのは「アドボカシーの効果」への疑問が残っていたからではないかと思います。「集めたお金を啓発情報発信に使うことが、なぜ貧困を解決することに結びつくのか。情報発信や啓発は本来タダではないのか。」「アドボカシーはうさんくさい」「マスコミに大きく取り上げられるために、なぜ市民から数十円ずつ集めたお金を何千万円も使う必要があるのか」とバッシングされたのは前回述べた通りです。

■もしもう一度やり直すとしたら……

 もしもう一度時間を巻き戻してキャンペーンをすることができたら、ホワイトバンドの売り場にこんな説明書を追加しようと思います。「日本は民主主義の国です。みんなでホワイトバンドを身につけ、貧困をなくそうという正当な意志表示をすることで、世論に働きかけること、政策に働きかけることができます(これがアドボカシーです)。このホワイトバンドの売上げの一部は、世論に働きかけるための情報発信に使わせていただきます」。

 そういうと、わかってからやり始めればよかったのに、とよく言われます。でも本当にそうでしょうか。やり始めることで、おぼろげだった問題の在処が、はっきりすることもあります。問題の在処がおぼろげなうちは進まないという手もありますが、敢えて傷つき進みながら運動の精度を上げていく方が、貧困解消までの道のりを短くできる、そう思います。

 テレビや新聞というマスメディアに、市民の浄財を投下して世論を作り政治に働きかける、という動きは確かに日本の社会にとって馴染みのないことかも知れません。けれど日本でも「市民」という主体がだんだん主役になりつつあります。民主主義のこの世の中で、一番大きな力は「世論」であり、「世論形成の主体は市民だけ」なのです。マスコミではありません。マスコミは世論を伝えることはできても、世論形成の主体にはなれません。

 市民が世論形成、政策変更に集中した結果、それぞれ寄付した場合の数百倍(280億円のチャリティの240倍以上)である6兆円もの債務帳消しが実現したのです。横につながる市民は、縦つながりの市民の240倍のパワーです。それはアドボカシーが正当な手段という証拠ですが、それだけ民主主義はちゃんとやるかいのある政治システムだ、ということでもあります。確かに世論は気まぐれでうつろいやすいものですが、世論=民意をもって、政策の合意を形成していける民主主義をもっと利用してみましょう。

[2007年9月21日/Ecolomy]

※ ご意見・ご感想はこちらのリンク先からお送りください。ご氏名やメールアドレスを公表することはありません。

その他の新着コラム

すべての連載コラムを見る

おすすめ! 新着記事 Recommend

連載コラムインタビュー

環境ニュースサイト(日経エコロミートップ)