「右手には地域住民として滞在国の地方参政権、左手には韓国国民として韓国の国政参政権。国際化社会の中で両方求めるのは当然だ」
在日韓国人の人権運動に尽力した故金敬得(キムギョンドク)弁護士は01年、パリ在住で韓国人向け新聞を発行する金済完(キムジェウァン)氏と「両手の参政権運動論」を語り合い、意気投合した。日本での外国人地方参政権は実現していないが、韓国では5日、在外韓国人に国政参政権を認める法案が成立した。金弁護士は天国で「よっしゃ」と左手を握りしめているだろうか。
金済完氏はその後韓国に戻り、日米中など海外に住む韓国人向けインターネット新聞「世界へ」を07年に立ち上げ、国政参政権運動を展開してきた。韓国に永住する外国人は06年から地方参政権を行使しているので、これで両手が満たされた。金氏に先日「目標達成ですね」と声をかけたら、「国政参政権付与の改正法は不備だらけ。郵便投票も認められていない。これから3兄弟が手をとりあって改正運動だ!」と次なる目標の話が返ってきた。
金氏によると「3兄弟」とは、(1)在外韓国人による国政参政権(2)在日韓国人による日本の地方参政権(3)在米韓国人による米国市民権--の獲得運動に参加する人たち。バラバラだった3兄弟はこの数年で接点ができたものの「仲の良かったことは一度もない」。在外投票という共通利益ができたこれからが、「和解するチャンス」という。
金氏は90年代半ば、パリの日本人が日本の国政参政権を求めて活動する姿を見て「韓国にも在外投票制度を」と新聞で呼びかけた。当時の韓国国内の反応は「日本の次でいいんじゃない」と冷ややか。在日団体は「日本の地方参政権獲得の障害になるかも」、在米団体は「米国国籍取得を目指しているのに、本国を思い出させるな」とそれぞれの事情でブレーキをかけた。
二者択一ではない「両手の運動論」が響き始めたのは、韓国国内で定住外国人や国際結婚による二重国籍者が増えた00年代に入ってからだ。
韓国への政治関与にやや距離を置いてきた在日社会も変わりつつある。「世界へ」の愛読者という神奈川県在住の在日3世、崔喜燮(チェヒソプ)さん(43)は「韓国の国際感覚はこの数年で在日の意識より先に進んだ。国政参政権獲得を機にわれわれも変わるべきだ」と声を弾ませた。兄弟にもまれると、いやが応でも強くなる?(ソウル支局)
毎日新聞 2009年2月9日 東京夕刊