個人情報をさらすメリットとデメリット

 日本人のブログには匿名のものが多い。一般に、実名を出すと不都合なことが起こると考えられているからだ。が、実名を出しても大して問題はないという意見や、むしろ匿名ブログは好ましくないとする意見もある。このテーマは議論が果てしなく続いていて結論が出ない。

 「仕事の不満を書いたら人事部にチェックされた」とか、「恋愛のことを書いたら社内で変なうわさを立てられた」とかいうのはありそうな話だが、実際に実名、住所、電話番号をブログに掲載したらどんなことが起こるのか? その結果がブログ「したらば元社長日記」の「実際にネット上に住所や電話を晒してみるとこうなった」にまとめられると、ネットの世界で注目された。

 結論としては「総括して見ればたいした影響はなかったというところです」となっている。ほっと安心するのだが、具体的なデメリットを読むと、「右翼から脅かされた」「某大手宗教団体からアレなことをされました」「警察から追われている!という変な相談が電話で」とある。それって、十分影響あるんだなと思う人もいるんじゃない? いやそこを狙ったネタ話なのかも。

「したらば元社長日記」。したらばとは? 2ちゃんねる型の掲示板が無料で借りられるサービスだ。したらば元社長日記の執筆者はこのシステムの開発者である


実体性のある匿名はタレントの芸名と同じ

 テレビや新聞などマスメディアでは、ネットの世界を匿名か実名か、白黒だけで見ることが多い。そうしたマスメディアの視点の例として毎日新聞の特集「ネット君臨」が話題になった。その一端はブログ「まいまいクラブ」の「『ネット君臨』に関連した識者座談会の特集紙面を掲載します。」というエントリーに寄せられたコメントから読み取れる。

 寄せられたコメントからは、ブログの世界は匿名であっても一定の場所から情報や意見を発信しているので、その場限りの匿名意見とは異なるという考えが伺われる。実名でなくてもネットの世界でアイデンティティーが明確ならいいということなのだろう。14番目のコメントが分かりやすい。

要は、テレビで有名ならテレビ上では芸名でも良いが、テレビを見ない人は芸名に何の価値も感じないのに対して、ネットで有名ならネットではHNでも良いが、ネットを見ない人にはHNなど匿名に等しいという感覚が時として問題になるんです。「ネット=社会」ならば「HN=芸名」という扱いも必要かもですね。

 ブログのコメントなどに付けられる匿名の批判や悪口については、その場限りの匿名なのか、ある程度、実体性のある匿名なのかで区別する「黒木ルール」が有名だ。オリジナルの黒木ルール「『匿名』による批判の禁止」は「Google」のキャッシュで読むことができる。

実名や所属を隠し、ハンドルを用いている方であっても、自分の趣味・嗜好を十分に表現している方は「匿名」とはみなしません。例えば、ウェブ検索エンジンでハンドルを検索することによって、他の場所で自分の趣味・嗜好を十分表現していることを容易に確認できる方は「匿名」とはみなしません。もちろん、作家のペンネームなども「匿名」とはみなしません。

 「黒木ルール」はネットの世界でかなりの支持を得ているようで、実際、こうした一定の条件を満たす“匿名”はいわゆる“匿名”とは見なされなくなっている。

黒木ルールを解説するモヒカン族の用語集。モヒカン族とはネットでなれ合いを求めず議論するグループだったが、最近低調気味


匿名と実名の分かれ目はビジネス的なメリット

 マスメディアが決めつける“匿名”と、実際のネットの世界の“匿名”には大きな違いがあり、「黒木ルール」が言うように、たとえネットの世界でも、実体性のある匿名は実名に近い。

 それでも“匿名”であることの意味はどこにあるのだろうか。

 参考になるのは、情報通信政策フォーラム(ICPF): 第4回ICPFシンポジウム「参加型メディアの可能性」での小飼弾氏による、ビジネス上のメリットという視点だ。同趣旨の指摘は氏のブログ「404 Blog Not Found」の「404 Blog Not Found:実名は振込口座?それとも振替口座?」にも見られる。

私がblogに限らず実名を使い続けるのは、それでも振込額が振替額より多い、「黒字」の状態に持って行けるという自信がそこそこにあるからだ。だからTVで得た「名声」もblogで「再利用」できるし、blogで得た「名声」を実世界で「援用」することも自由だ。もちろんその代償として、「汚名」もまた再利用されるというリスクを負うわけだが。

 ネットの世界で実名を公開するかどうかは、その人の実社会での生活にどんな影響が出るかにかかっている、と解釈していいだろう。

 関連して興味深いのは、ブログ「tokuriki.com」の「匿名ブログも実名ブログも、リスクはそれほど変わらない : tokuriki.com」の指摘だ。

匿名ブログを書いていたとしても、ある程度「いつかばれるのが前提」ぐらいの感覚で書く方が安全だと思う。

 匿名から実名への移行の可能性があるのなら、「匿名」でブログを書くにしても、実生活に不利益が出ないようにするべきだ。ブログをはじめとする“ネット上の意見”が個人に利益をもたらすようになれば、ネットの文化も匿名から実名に移行していくだろう。

tokuriki.comは実名でブログを書かれている徳力基彦氏のサイト。日本のブログカルチャーの推進者の一人である。

筆者紹介 佐藤 信正(さとう・のぶまさ)
テクニカルライター。1957年東京生まれ。国際基督教大学卒業後、同大学院で言語学を学ぶ。小学生のときにアマチュア無線技士を免許をとり、無線機からワンボード・マイコンへ興味を移す。また初代アスキーネットからのネットワーカー。通信機器や半導体設計分野のテクニカルライターからパソコン分野へ。休刊中の「日経クリック」で10年間Q&Aも担当していた。著書「Ajax実用テクニック」「JScriptハンドブック」「ブラウザのしくみ」など。

著者

佐藤 信正(さとう のぶまさ)

テクニカルライター。1957年東京生まれ。国際基督教大学卒業後、同大学院で言語学を学ぶ。小学生のときにアマチュア無線技士を免許をとり、無線機からワンボード・マイコンへ興味を移す。また初代アスキーネットからのネットワーカー。通信機器や半導体設計分野のテクニカルライターからパソコン分野へ。休刊中の「日経クリック」で10年間Q&Aも担当していた。著書「Ajax実用テクニック」「JScriptハンドブック」「ブラウザのしくみ」など。