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未来育て:第4部・格差と少子化/1 早期破水、救急搬送されたのは車で1時間先の…

 ◆早期破水、救急搬送されたのは車で1時間先の病院だった

 ◇減る産科医、診察制限し存続の病院も

 分娩(ぶんべん)を扱う産科医が、少子化を上回る勢いで減っている。医師不足は公立病院など救急搬送を受ける拠点病院で著しい。それは同地域の産院や助産院の存続にも大きく影響し、「産科医療」の地域格差を生み出し始めている。第4部は、医療や子育て支援の地域格差などを取り上げ、子どもを産み育てようとの思いを阻害する要因を探る。【大和田香織】

 茨城県北部の地域周産期母子医療センターでもある日立製作所日立総合病院(日立市)は昨年8月、分娩予約の受け付けを中止した。産科医6人を派遣してきた東京都内の大学病院が医師を手当てできないと伝えてきたためだ。

 県内でハイリスクのお産に対応できる医療機関は、もっとも近い水戸済生会総合病院(水戸市)でも車で1時間かかる。日立市内で開業する瀬尾医院の瀬尾文洋院長は「母体が(水戸までの)搬送に耐えられても新生児は難しい」と話す。NICU(新生児集中治療室)のある日立総合病院の設備を借り、自分で異常分娩も扱うことも覚悟している。「完全閉鎖は避けてほしい」と訴えは切実だ。

 日立総合病院の岡裕爾院長も「安心してお産できなければ地域の人口減にもつながる。限定した形でもNICUなどは維持したい」と話す。ただ、複数の常勤医確保が必要だ。水戸市で開業する石渡勇・県医師会常任理事は「水戸の周産期センターは県西からの搬送も多い。増床・増員しない限り県全体の周産期医療が崩壊する」と懸念する。

     *

 長野県上田市の久美さん(27)=仮名=は今年1月に市内の産院で初めて出産する予定だったが、昨年11月に出血、早期破水で安曇野市の県立こども病院に搬送された。上田市の国立病院機構長野病院は昨年夏から産科診療を中止していた。救急車で高速道路を1時間。長男は1600グラムで生まれたが、地元の長野病院に転院できるまでの2週間、搾った母乳を抱え、1日おきにこども病院に通った。

 久美さんの友人の羽田由紀さん(37)は長男(5)を三重県内の産院で、夫の転職で上田市に移った後、長野病院で次男(1)をそれぞれ出産した。長野病院の産科休止は退院の翌日に新聞で知った。3人目も産みたいという由紀さんは「地域には家庭的な産院と、リスクに対応できる病院の両方がほしい」と不安な表情を浮かべた。

 長野県では3、4年で産科医に欠員が生じる公立病院が相次いだ。現在も駒ケ根市の昭和伊南総合病院などが分娩受け入れを中止している。

 飯田市では05年に3施設が受け入れを中止する事態になった。医師の負担増が予想された。飯田市立病院が周辺の産院と調整し、里帰り出産や健診の一部制限に踏み切った。これで転院希望だった医師が翻意するなどし、元の診療体制を取り戻しつつある。

 同院で分娩した住民を対象に金井誠・信州大医学部教授が意識調査を行ったところ、当直医が夜間の分娩などでほとんど睡眠をとれなくとも、翌日の外来や手術を担う実態について回答者の51%が知らなかった。金井教授は「住民の理解を深め、満足してもらうためには、勤務医の状況を知らせることも必要だ」と指摘する。

     *

 厚生労働省の調査(06年)で人口当たり産科医が全国最少だった滋賀県。昨年度は研究費500万円を貸与する条件で医師を募った。分娩を中断していた彦根市立病院など公立病院に県成人病センターから産科医を派遣する事業も打ちだしたが、産科医確保に苦しんでいる。

 県産婦人科医会会長の野田洋一・野洲病院産婦人科顧問は「滋賀県は開業医の数が比較的多い一方で、ハイリスクの分娩に対応できる医療機関は現状で滋賀医大病院(大津市)のみ。危ういバランスだ」と語る。

 搬送拒否などは起きていないが、安全性確保には生活習慣病や高齢出産などリスクの高い妊婦について病院側もあらかじめ把握しておく必要がある。

 滋賀医大では連携登録した産院や助産院が健診やリスクの低い分娩を担当し、ハイリスクの分娩は大学病院で管理するオープンシステムを取り入れた。妊婦にはホームページなどを通じて自己判定を呼びかけ、自分の妊娠リスクに応じた医療機関を選ぶように勧めている。野田医師は「病院の現状が変わらない以上、市民が考え、声をあげるしかない」と、市民の協力の重要性を語る。=次回は14日掲載

 ◇国が思い切った方策考える時--「産科医が消える前に」(朝日新聞出版)などの著書がある森田豊・板橋中央総合病院産婦人科部長

 英国ではブレア政権時代に、崩壊していた医療制度を効率的な医療体系に再編するため、医師の開業規制に踏み切った。政府の勇断だった。

 日本では、各県に国立大医学部があるが、これが作られた背景には地方の医師を増やす目的もあった。学生に投資する公的な費用を考えれば、政府は国立大医学部の卒業生に一定期間は地元に勤務させるなどの思い切った方策を考える時ではないか。現状の産科医不足を放置すれば、将来は確実に行き詰まる。地方自治体、大学病院だけで、それを改善するのは困難だ。

毎日新聞 2009年2月7日 東京朝刊

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