海賊の出没するソマリア沖に海上自衛隊の護衛艦を派遣することになった。場所が瀬戸内海だったら海上保安庁の巡視船が取り締まるところだが、ソマリアはあまりにも遠い。だから、遠洋航海向きの護衛艦を出すのである。
ところがマスコミの解説のなかに「ソマリアの海賊は重武装なので巡視船では歯が立たない、だから護衛艦を出す」という議論を見受ける。この論理はおかしい。「重武装」というと、金銭目当ての強盗集団が、あたかもテロ戦争のゲリラ軍のように映る。
両者は似て非なるものだ。海賊は警察力で取り締まる対象である。一方、ゲリラ軍は軍事力で掃討する交戦相手だ。護衛艦は海上警備行動という警察行動に行くのであって、対テロ戦争に出陣するのではない。
ソマリアの海賊はあくまで強盗である。昨年12月半ば、ソマリア沖で貨物船「振華4号」が襲撃された。セントビンセント・グレナディーン船籍だが、船主は中国企業。約30人の乗組員は船長以下みな中国人である。
高速ボート2隻が振華号に接舷した。船腹にロープをかけて9人の海賊がよじ登ってきた。船員は高圧放水で応戦したが、海賊は甲板に上がりAK47自動小銃を構えた。船ごと船員を拉致して、船主から身代金をとる腹だ。
船長は国際海事局にSOSを出した。船員は、船橋からビール瓶に可燃油をつめた即席の火炎瓶を投げた。海賊は艦橋の船長に向かって叫んだ。「シューズ!」。「シュート(撃つぞ)」ではない。「靴をくれ」という要求である。船長は自分の靴を投げつけた。海賊は裸足だった。甲板には火炎瓶が割れガラスの破片が散乱していた。足が痛くて動けなかったのだ。数時間後、マレーシアの駆逐艦から飛び立ったヘリが現場に着き、威嚇射撃し海賊は退散した。船員には船主から高額のボーナスが出た。
海賊はソマリアの陸の上で暮らしている。身代金で建てた豪邸がある。高級車を乗り回す海賊青年は娘たちのあこがれの的である。海賊希望者は後をたたない。だが、破綻(はたん)国家には取り締まる政府がない。
海賊問題の本質は海上ではなく陸上にある。国際社会の外交の力でソマリア問題が解決しなければ、海賊の脅威もなくならない。麻生太郎首相は護衛艦を戻すめどはあるのだろうか。ソマリア沖作戦の「出口戦略」はイラク撤収の時より難しいのではないか。(専門編集委員)
毎日新聞 2009年2月5日 東京夕刊