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患者参加で「患者本位の医療」を実現する

【第46回】長谷川博史さん(日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス代表)

 かつては死に直結するイメージを持たれていたエイズだが、近年、医療の進歩でHIV陽性者の予後は長期化しており、長期の服薬や高齢化によるさまざまな健康問題などが生じている。こうした中、日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラスの長谷川博史代表は、「患者参加型の医療」「病者本位の医療」の重要性を訴えている。エイズと向き合う中で見えてきた今後の医療が目指すべき道を聞いた。(津川一馬)

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―ジャンププラスの活動について教えてください。
 基本的にはHIV陽性者の当事者団体、ネットワークという形を取っています。HIV陽性者の団体には、ピアサポートを行ったり、交流会を開いて情報交換を行ったりするグループ、薬害被害者である血友病患者さんたちのグループなどがありましたが、感染経路や性別、セクシャリティーを超えたHIV陽性者団体はありませんでした。そこでジャンププラスが7年前に発足しました。
 活動は主に3つです。
 現在では治療が進歩し、HIVに感染していても、ウイルスをコントロールしながら普通に社会生活を営むことができます。しかし、まだまだ新しい病気で、治療についても十分に分かっていないこともあります。また、長期にわたって治療を続ける必要があるため、医療以外の問題もたくさん残されていて、生活全般に及ぶため、医療機関だけで解決できる問題ではありません。そこで生活者としてのHIV陽性者の視点に立った情報が必要となります。
 同じ治療でも、医療者が考える治療と患者の立場で考える治療にはギャップがあります。例えば健康観一つを取り上げてみても、わたしたちHIV陽性者は、医療者から見ればHIVに感染しているという問題を抱えていても、体調をうまくコントロールできていれば、生活者としてはその病気は一部分でしかない。日常生活でいわゆる「病人」になるのは、薬を飲んだり、通院したりするときだけで、生活全体としては「病気はあるけど健康」と感じているんですよ(笑)。そのような視点からの情報は、やはり当事者であるHIV陽性者から発信するしかありませんからね。
 また、「アドボカシー活動」も行っています。これは、差別や偏見をなくしていくためのもので、行政やメディアや医療関係機関などに陽性者の立場から働き掛けたり、国、地方自治体のエイズ対策に参加したりしています。
 その中の代表的なものが「スピーカー派遣」という活動です。これはHIV陽性者が、学校の生徒さんや医療従事者、あるいは行政の集まりなど、さまざまなイベントやミーティングに出向いて、陽性者の立場から話をするというものです。
 また、陽性者自身が声を上げて取り組みをする場合、国に働き掛けるためにもう少し大きな力が必要になります。そのため、陽性者の団体や個人をまとめ、一つの大きな力にしていく「ネットワーク事業」を行っています。国内のさまざまなHIV陽性者グループと連携して交流会を開催したり、狭い地域社会でなかなか表立って活動ができないグループをサポートしたりするものです。また、海外のHIV陽性者団体とも連携を取っています。

―活動をしていて、難しさを感じる部分はありますか。
 HIV感染症が比較的新しい病気であり、偏見と共に登場したということですね。病気に対する偏見や差別は何の疾病であれ、存在するものなのですが、HIVはその登場があまりにもセンセーショナルでした。だから、今も病気や患者であるHIV陽性者に対する偏見が根強く残っているというところから、いろいろな問題が生まれてきています。
 一番問題なのは、新たにHIV陽性と告知された人が世の中にある偏見を抱え込み、自分に向けてしまうことです。かなりショックを受けているにもかかわらず、心理的な支援を受けられなかったり、自分はもう生きる価値がないと思い込んだりして、孤立してしまう。だから多くのHIV陽性者はむしろ支援へのニーズが大きくて、わたしたちのような外に向かった活動に誰もが気楽に参加できる状況にはなれないのです。

―HIVやエイズの特徴は何でしょう。
 HIVは新しい病気で、性感染症という社会の仕組みや成り立ちと深くかかわった病気でした。そのため、HIVの治療は今までの日本の医療の枠を超えて、いろいろな体制を組まなければならなかった。
 日本で最初のエイズ患者が現れたのが約20年前の1985年です。当時、エイズは発症したら長くは生きられない病気でした。当時の医療現場では、HIV診療にかかわる医療施設自体が限られていました。それに、医療施設自体が偏見から、患者を受け入れることを避けていた。そのため、医療だけの問題では解決できなかった。
 例えば心理的な支援や福祉、経済の問題など、生活レベルでの社会的支援も必要だったので、新しい診療体制を構築しなくてはいけなかった。
 そこから、治療は進歩し、HIVはいわば慢性疾患と同じような病気になりました。そこで、「治療を長く続けなければいけない」という問題が出てきた。命があったらいいだろうという医療ではなく、患者の「QOLの高さ」が求められるようになった。つまり、治らない病気として、あるいは致死的な病として、ターミナルの問題が最大の関心事だった病気から、慢性疾患として継続的、包括的なケアが必要な病気になった。

―そうした意味では、「患者本位の医療」「チーム診療」という形の医療が必要となってきますね。
 そうなんです。病院での呼ばれ方が「患者さん」という平らな言い方から、「患者様」という丁寧な言い方になったけど、むしろ、病院でそんなに丁寧な扱いを受け慣れていないから、何だかくすぐったい(笑)。そういう形式的なことではなく、もっと本質的なところでの患者本位の医療制度や医療サービスの構築が大切です。
 また、患者が積極的に治療にかかわっていくことも大切です。医療者の方に理解していただきたいのは、患者が自立的な意識を持つと、実は手が掛からなくなり、医療現場も楽になってくる。患者が自分の治療をしっかりと認識できることは、患者にとっても医療者にとっても大事なことです。
 患者会や患者グループというと、医者に文句を言う人たちととらえられがちですが(笑)、そうではない。実は医療者も患者も「患者がより幸せになること」を求めていて、願いは同じなんです。ただ、それぞれが自分の立場にこだわり過ぎると、意思の疎通がうまくいかなくなるんですね。だから、お互いの立場を尊重し合って、患者も積極的に自分の治療に係る意識を持ち、医療者も病院以外の人生を生きている生身の人間として患者をとらえると、本来の「患者本位の医療」に近づけるのではないでしょうか。
 最近「チーム診療」という言葉をよく聞くようになったのですが、わたしのチーム診療のイメージは、医療者やコメディカルの人たちが一緒に手をつなぎ、さらに患者もそこに参加して医療の現場をつくっていくというもの。形式的な「患者本位」ではなく、「患者参加型の医療」です。

―長谷川さんは、東京都のエイズ専門家会議の委員もされていました。最終報告が1月19日に出されましたが、これについての評価を教えてください。
 エイズ対策に関して、しっかりとしたグランドデザインを持っている自治体というのは、もしかしたらそう多くはないかもしれませんね。今回、東京都が5か年計画という中期的戦略を明確に打ち出したことをわたしは高く評価しています。中身についても、まだまだ不満な点はありますが(笑)、僕の中では合格点に達しています。現実的な対策をきちんと入れてきたからです。
 ただ、ドラッグユーザーの問題が抜けているという指摘が委員から出されていましたが、社会のネガティブなファクターと向き合って、そういう人たちを排斥するのではなく、自分たちの社会の一員として受け入れていく、対策の中にきちんと組み込んでいくことで、対策の効果が上がると思います。
 感染症対策は実は、社会が中心となって進めていかないとうまくいきません。個人の努力でできることには限界がある。確かに個人の努力である程度防げる病気だが、完全に防ぐのはとても難しい病気。
 それはHIVが社会的な病気だからです。感染のリスクにさらされる人は、男性同性愛者だったり、男性よりも女性であったり、大人よりも子どもだったり、ドラッグユーザーだったり、性産業の従事者やそのサービスを利用する人です。
 品行方正であれば防げたというのは偏見です。性行為というのは、すべての人がさまざまなきっかけ、状況において行い、常に反復・継続して繰り返されるものです。その行動は、たとえある時問題に気付き、より安全な行動に一度変わったとしても、失恋したり、失業したりして精神的にダメージを受けたときには、ガードが緩んでしまう。このように自尊感情が低下したときは、自分自身を大切に思えなくなってしまう。そういうときは感染の危険が高まるわけです。人間は誰だってそんなものでしょう。自分の価値観でそのような行動を非難したところで、感染の広がりは止められません。性産業が「ある」という現実に対し、その中でわたしたちは生きているのだから、社会全体として現実的に取り組んでいく必要がある。よくありがちなのは、エイズ対策に対し道徳的な非難の感情が出てしまうことで、これは感染のリスクが高い人たちを予防や医療から遠ざけてしまうことです。
 HIVは新しい病気だからこそ、問題も新しく、難しい点を抱えています。医療や公衆衛生をエイズ問題を通して見詰めたとき、日本の社会の中で、21世紀にどのような医療を実現していかないといけないかということが見えてくると思っています。


更新:2009/01/24 12:00   キャリアブレイン

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