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ミシェル・オバマの変革パワー

ニューズウィーク日本版1月21日(水) 10時28分配信 / 海外 - 海外総合
黒人初のファーストレディーとして、その発言からファッション、肌の「黒さ」までが注目の的。彼女の成功は、黒人女性の自己イメージに計り知れない影響を与える。

アリソン・サミュエルズ(ロサンゼルス支局)

 昨年11月、日曜日のロサンゼルス。教会からの帰りに私は友人たちとブランチをしながら、おしゃべりに花を咲かせた。

 当然ながら話題は大統領選挙。バラク・オバマの歴史的勝利の興奮から私たちはまだ冷めていなかった。生きているうちにアフリカ系の大統領が誕生したことに、まだ驚いていた。

 その場にいたのは30代と40代の黒人女性6人。私たちはオバマの勝利だけでなく、妻のミシェルがホワイトハウス入りすることにも興奮していた。

 ミシェルの輝かしい学歴や個性的なスタイルを、私たちは文句なしに評価していた。少しばかり嫉妬もしていただろう。でも、みんなわかっていた。私たちが彼女に心から期待していることを。

 45歳のミシェルは、ジャクリーン・ケネディ以来、最も若いファーストレディーになる。ジャクリーンと同じく、女性たちの憧れるセレブなムードのファーストレディーが生まれそうだ。

 しかしミシェルがホワイトハウスに入る意味は、もっと大きい。彼女は世界で最も注目を集めるアフリカ系アメリカ人女性になる。黒人女性に対する醜いステレオタイプ(固定観念)を打ち崩し、アメリカのブラックカルチャーを世界に教えるチャンスを手にする。

 いや、それだけではない。アフリカ系アメリカ人の自己イメージまでも変える力を、ミシェルは手に入れることになる。

 大きなチャンスには大きな責任が伴う。「ミシェルはいつだって品良く振る舞うでしょう。自分は(アフリカ系の)代表だとわかっているから」と、おしゃべり仲間の一人で看護師のガートルード・ジャスティン(40)は言った。「自分が黒人のステレオタイプを壊す存在であり、何をしても注目されることは知っているはず」

 テレビや映画に出てくる黒人女性といえば、薬物依存のふしだらな女や、毒舌家の肝っ玉母さんと決まっている。それが私たちアフリカ系女性の本当の姿ではないということを、これからミシェルは日々思い起こさせてくれる。

 ミシェルも主流の白人社会で生きるために、微妙なバランス感覚を身につけなくてはならなかった。アイビーリーグの二つの大学で学位を取得し、一流の法律事務所で働いたこれまでのキャリアで、彼女は「白い社会」への溶け込み方を学んだはずだ。

 いまミシェルは、さらにむずかしい課題を背負った。それは、アフリカ系コミュニティーにも、それ以外のアメリカ人にも信頼されるファーストレディーになること。その課題を、自分に嘘をつかずにやり遂げなくてはならない。

■「自分らしさ」を探して

 ミシェル自身、広範な層にアピールする必要があることは理解している。予備選期間中に「出しゃばり」「はしゃぎすぎ」といった声が出てきたときは、見事に自制心を発揮した。朝起きたばかりのオバマの口臭の話など、たわいのない冗談も慎むようになった。

 変化の予兆が見えたことで「初めて自分の国を誇りに思った」という発言も、ミシェルにしては珍しいミスだった。彼女はすぐに「物議をかもす妻」の役を返上し、テレビのトーク番組で夫をしっかり持ち上げた。

 しかし聴衆が黒人ばかりのときは、オバマが大統領になることのもつ意味をもう少し率直に口にした。そんなときは幼かった自分のことを「シカゴのサウスサイド(貧困地区)に生まれた黒人の女の子」と表現した。

 昨年7月にニューヨーカー誌が、こぶしをぶつけ合うあいさつをするオバマ夫妻のイラストを表紙に載せた。オバマはイスラム教徒の服を着て、ミシェルはゲリラ兵の格好をしている。勇ましく見えるのはミシェルのほう。まさに「怒れる黒人女」だった。

 これ以降、ミシェルはJ・クルーのカーディガンに、真珠のネックレスといった地味なファッションを選ぶようになった。ファーストレディーになってからも、このソフト路線でいくのだろうか。

 昨年アトランタで会ったとき、私はミシェルの温かさと開けっ広げな態度に驚いた。本当に何でも話してくれた。お気に入りのデザイナー、娘たちの服の趣味、ホワイトハウスに住むことになったら飼うと娘たちに約束した犬のこと。選挙戦が泥仕合になってからは言動に慎重になったようだが、このときはまったく自然体だった。

 個人的な意見を言わせてもらえば、個性豊かなミシェルには、もっと素の自分を出してほしいと思う。その期待に応えてくれそうな兆しはある。たとえば、オバマが当選を決めた夜に着たナルシソ・ロドリゲスの派手なドレス。慎重な選択とはいえなかったが、ミシェルが「自分らしさ」を模索していることはわかった。

 当選後にCBSテレビの『60ミニッツ』のインタビューを夫妻で受けたときにも、そんな思いが感じられた。品良く振る舞い、リラックスしたミシェルは、皿洗いが趣味だとオバマが言うと「へえ、いつから?」と突っ込みを入れた。

 ミシェルがオバマを信頼していることは、このときもよく伝わってきた。アフリカ系女性の50%近くが独身で、ロールモデル(お手本)になるような黒人夫婦は悲しいほど少ない。その貴重なロールモデルとして、オバマ夫妻は黒人家庭にどんな影響を与えるのか。

「2人が互いを尊敬し、力を合わせたらどんなことができるのかを、息子に見てほしい」と、12歳の息子をもつシングルマザーのジャニズ・シンクレア(34)は言った。「私と夫はあの子が2歳のときに離婚したから、息子はうまくいっているカップルを知らない。オバマ夫妻を見ていると、私たちも愛と幸せをつかめると思えてくる」

 ミシェルが2人の娘マリアとサーシャの子育てを最優先すると決めたのは、有権者を意識しての選択ではない。だが、この決断でさらに広い層に好感をもたれるようになったのは確かだ。

 しかしミシェルの「子育て最優先宣言」は、白人の専業主婦とワーキングマザーとの間にあった議論を蒸し返すことになった。「子供を最優先しているのは働く母親も同じではないか」「ミシェルのように仕事で成功した母親が子育てだけで満足できるのか」といった具合だ。

 それでもアフリカ系女性は、ミシェルが子育て優先を選択できる立場にいることを素晴らしいと感じている。06年の国勢調査によれば、平均的な黒人世帯は夫婦共働きでなくては生活できず、貧困世帯は30%を上回っている。

 シングルマザーは仕事を二つかけもちしないとやっていけず、子供のために使う時間はほとんどない。ミシェルも働く母親として、多忙な生活を曲芸のように切り抜けてきた。法学の学位を取り、夫の選挙運動に参加する前は公的機関や病院で働いた。

■ファッションも地雷原に

 子育てを優先することで、重要課題に取り組むゆとりがミシェルに生まれればいいと私は思う。しかしファーストレディーが政治課題を担うときは、実にむずかしい判断が伴う。医療保険改革を担ったヒラリー・クリントンのように、大きな課題に取り組んで失敗すれば、厄介なことになりかねない。

 そこで多くの大統領夫人はローラ・ブッシュのように、識字率向上といった無難なテーマを選ぶ。今のところミシェルは、兵士の家族や、仕事と育児の両立といった問題に取り組みたいと語っている。批判はされにくく、聞こえのいいテーマだ。

 ミシェルには、ほかにも厄介なことがある。スラム街の学校の支援など黒人コミュニティーの問題に力を入れれば、自分が黒人だからやっていると思われかねない。ファーストレディーをはじめ多くの専門職の女性たちには「強さ」が求められるものだが、アフリカ系女性の場合は「強さ」がすぐに「怒り」と受け取られがちだ。

 ミシェルにとっては、外見も地雷原になりかねない。ファーストレディーの服装は、常にあら探しの対象になる。だからヒラリー・クリントンは、黒いパンツスーツばかり着るようになった。ミシェルのファッションはまだ進化の途上にあり、148ドルの手ごろな服からドルチェ&ガッバーナまで趣味は幅広い。

 初めてのホワイトハウス訪問では鮮やかな赤いドレスを着て、思い切った路線でいこうとしていることを示した。しかしこの先、髪形や体形をあれこれ言われるようになったら、無難なファッションに落ち着いてしまうのか。

 ミシェルは過去の多くのファーストレディーと違って、スリムで背が高く、スポーツ選手並みの体形を維持している。自称フィットネス中毒で毎朝トレーニングを欠かさない彼女なら、体を大切にすることを黒人女性に教えられるかもしれない。アフリカ系女性は高血圧と肥満の割合が恐ろしく高い。

「彼女を見ると思うの。私には2人の子供がいて、彼女もそう。彼女が自分の外見をかまう時間をつくれるなら、私にもできるはず」と、カリフォルニア州ロングビーチの警察職員タマラ・ロードス(37)は言う。

 ブランチの席での会話は、家族や親友の間でもめったに話題にならないところにも及んだ。ミシェルはアフリカ系というだけでなく、肌がとても黒いという点だ。メディアが美の基準を決める時代にあって、ミシェルはファッションモデルや、化粧品のCMに登場する透き通った肌の女優とは似ても似つかない。

■黒い肌の大きな影響力

 美しさの問題は、長いことアフリカ系の苦しみと怒りの源泉になっている。たいていの場合、「美しい黒人女性」とは、肌の色が薄く、髪が真っすぐで、ヨーロッパ風の顔立ちである場合が多い。

 リナ・ホーンやハル・ベリー、ビヨンセといったアフリカ系のスターは、黒人女性の多様な肌の色や顔立ちを代表しているわけではない。こうした美の基準は、私も含めて多くのアフリカ系女性の自尊心を傷つけている。

「雑誌やテレビ番組でミシェルを見ると、肌が黒いと思う」と、カリフォルニア州イングルウッドのチャリシー・ホランズ(30)は言う。彼女の肌も見事なほど濃い。「肌の黒い女性が注目を浴びて、世界中から美しいと言われるのはうれしい。黒人の女の子がそういう場面に触れるのはいいこと」

 アフリカでは、皮膚を白くするクリームが大人気だ。使いすぎると副作用の危険がある成分が入っているのに、引っ張りだこだという。アメリカの黒人スラム街にあるドラッグストアには、効力は弱いが似たような薬が並んでいる。

「昔からずっと変わっていない」と語るのは、女優のウーピー・ゴールドバーグ。真っすぐなブロンドの髪と青い目への憧れをテーマにした一人芝居で有名になった。「社会一般でも黒人の間でも、色が白くてヨーロッパ人的な顔立ちが好まれる。そんなのは嘘だとか、今は変わったと私たちは言いたがるけど、そんなことはない。肌が黒いほど理想から遠くなる。とても簡単な話。気持ちがぐちゃぐちゃになる」

 一般のアフリカ系女性も、この問題には敏感だ。黒人ラジオパーソナリティーのトム・ジョイナーは番組の中で「次期大統領の妻とその外見は、あなたの投票に影響を与えたか」という質問をした。リスナーの答えは圧倒的にイエスだった。「彼女は普通っぽい感じ」「どこにでもいる女性に見えるのが好感がもてる」といったコメントが相次いだ。

 ミシェルはホワイトハウスの住人になる前に、多くのことを成し遂げている。彼女が重要な問題に取り組む決意を固めれば、どんなに素晴らしいことができるだろう。

 そのとき彼女がもたらす影響力は、大変なものになる。私と友人たちのブランチのテーブルには、とても載りきらないだろう。

(C) 2009 Newsweek, Inc. 2009 Hankyu Communications Co., Ltd.
  • 最終更新:1月21日(水) 10時28分
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