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提訴:治験薬副作用で死亡 遺族「他に治療法あった」--大阪地裁

 未承認の抗がん剤の副作用で死亡した大阪市内の男性(当時71歳)の遺族が14日、他に有効な治療法があったのに効果が不明な新薬の治験(臨床試験)を受けさせられ、延命の可能性を失ったとして、近畿大と製薬会社側などに4950万円の損害賠償を求め大阪地裁に提訴した。抗がん剤はその後、期待される結果が出なかったとして開発中止された。遺族側代理人によると、承認されなかった薬の治験の妥当性を問う訴訟は全国初という。

 問題になった治験薬はドイツのメルク社が武田薬品工業(大阪市)と開発を進めていた肺がんや大腸がんの治療薬「マツズマブ」。03年10月から国内で治験が始まり、08年2月に開発中止が発表された。

 訴状によると、肺がんの治療を受けていた男性は06年4月、近畿大病院でリンパ節の腫れがあると診断され、担当の教授(当時)から未承認のマツズマブの治験に参加するよう勧められた。男性は同意したが、投与が始まって急変し、副作用による間質性肺炎で5月に死亡したという。

 原告側は「学会の指針では、抗がん剤の治験対象を標準的な治療法がない患者に限っており、男性の場合は既存の化学療法をすべきだった」と主張。病院側は副作用の危険性も十分説明しなかったと訴えている。

 そのうえで大学と教授ら医師2人、治験を依頼したメルク社の関連会社「メルクセローノ」(東京都品川区)に、説明義務違反などによる慰謝料などを求めている。近畿大病院とメルクセローノはそれぞれ「訴状が届いておらずコメントできない」としている。

 マツズマブはがん細胞の増殖などを促す分子を攻撃する「分子標的薬」。類似の薬に、間質性肺炎の副作用死が問題視された「イレッサ」などがある。【清水健二、銭場裕司】

 ◇開発中止で情報なく

 新薬の治験は、安全性に未解明の部分が多いため、インフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)が必要になる。旧厚生省は97年3月の省令で、被験者(患者)の文書による同意を医師に義務付け、00年3月の名古屋地裁判決は「治験では一般的な治療の際の説明に加え、新たな治療法採用の根拠や副作用などを十分理解させなければならない」との基準を示した。

 肺がんの診療には、日本肺癌(がん)学会の指針があり、訴えられた教授も作成者の一人だった。抗がん剤治療の専門医師は「指針に沿った治療法の説明をせずに治験を勧めたなら、明らかな省令違反だ」と指摘する。

 一方、開発が中止された治験薬については、データが公開されない問題がある。

 医薬品医療機器総合機構によると、03~07年度に治験の計画届は493件出されたが、中止の届け出も234件あった。承認されれば、治験の結果は同機構の審査報告に記載され、使用上の注意にも反映されるが、承認に至らないとデータの扱いは製薬会社に委ねられる。今回のケースも、治験に参加した他の患者の副作用被害などは不明のままだ。

 治験の問題に詳しい光石忠敬弁護士は「データの公表は製薬会社が選択しているのが実情で、開発の重複投資を避け、被験者のリスクを減らすためにも情報開示が必要だ」と話す。

毎日新聞 2009年1月14日 東京夕刊

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