「H」と書かれた円の上を、冷たい風が吹き抜ける。天気が良い日は雪化粧した赤城山が美しい。前橋市内が一望できる前橋赤十字病院の屋上。この冬、ここに県内初のドクターヘリが配備される。
医師と看護師を乗せ、重症患者の元へ駆け付けるドクターヘリは現在、14道府県で16機が運航している。07年6月に特別措置法が成立、国が補助事業を始めてから全国で導入が相次ぎ、へき地医療の関係者たちが、熱い視線を注いでいる。
最大の魅力は、そのスピードだ。現場への到着と、医療機関への搬送時間が大幅に短縮される。県内で最も遠い片品村や嬬恋村でも、約20分で到着できる。これまでは、高度治療が必要な重症患者は、都市部まで救急車で約2時間かけて運んでいた。
運用を任される同病院の中野実・高度救命救急センター長は「ドクターヘリは究極の往診システム。うまく機能すれば救命率は上がる」と話す。へき地の医療拠点に指定されている西吾妻福祉病院(長野原町)の折茂賢一郎・病院管理者も「ドクターヘリはへき地の弱点だった『重症患者の搬送時間』という課題を劇的に解決する可能性を持っている」と期待を込める。
心臓疾患などの患者にとって、搬送時間は速ければ速いほど救命率は上昇する。日本航空医療学会によると、救急車搬送と比べ死亡が27%、重度後遺症が45%減ったというデータがある。機内には高度な医療機器を積んでおり、現場で応急処置だけでなく治療も始められる。
配備先が前橋赤十字病院に決まったのは、県内唯一の高度救命救急センターに指定されていることや、救急専門の医師が11人と最大規模である点が考慮されたからだ。2月中の運航開始を目指し、各地にランデブーポイントと呼ばれる着陸可能な場所を整備したり、消防本部への周知などの準備を進めている。
運航が始まれば、11人の医師と5人の看護師がローテーションを組み、午前8時45分~午後5時半(冬は日没の30分前)の運航時間に消防の出動要請を待つ。年間300回程度を見込んでいる。
搬送時間の問題から、へき地は時に都市部と比べ「命の格差」があると指摘されてきた。ドクターヘリが格差是正の切り札となるか。期待を背負った初フライトは、もうすぐだ。=おわり(この連載は伊澤拓也が担当しました)
毎日新聞 2009年1月13日 地方版