元麻布春男の週刊PCホットライン

TVセットの無線接続を実現する「WirelessHD」




●薄型高解像度TVが求める無線接続技術

SiBEAMのジョン・E・ルモンチェックCEO

 CESの展示会場で、主役となっている製品の1つが液晶やプラズマといった薄型の表示パネルを用いたHD TVだ。現在、薄型TVの市場は激しい価格競争のまっただ中にあり、各社とも収益を悪化させているというが、それでも依然として家電の中心の座を占めていることは間違いない。

 熾烈な価格競争を行なう一方で、各社が力を入れているのが、利益率の高い高付加価値モデルの開発だ。パネルの大型化だけでなく、2倍速さらには4倍速表示による高画質化、TVの薄型化、インターネット接続機能など、さまざまな分野で競争を繰り広げている。

 中でもTVの薄型化は、大画面化と並んで誰の目にも明らかにその違いが分かる差別化のポイントだ。このTVの薄型に重要な役割を果たそうとしているのが無線技術である。現在、最も薄い製品は、すでにクレジットカード数枚といったレベルに到達しつつあり、ケーブル接続用のコネクタを設置することさえ難しくなりつつある。インターフェイスをワイヤレス化することは、ケーブルの接続やとりまわしからユーザーを解放するだけでなく、薄型化のさまたげとなるコネクタを不要にすることで、TVセットの付加価値を高めることにもつながる。

 このTVのワイヤレス化、特にHD動画のワイヤレス伝送に関しては、現在、さまざまな技術に基づいた規格が提案されている。その1つが「WirelessHD」だ。昨年1月にWirelessHD 1.0規格が策定されたのに続き、8月には著作権保護技術としてDTCPの採用が決定した。

 WirelessHDは、60GHzのミリ波帯を用いて動画の伝送を行なう技術。ミリ波帯は電波利用プランによる規制の対象外にあり、さまざまな国で比較的自由に利用できる。WirelessHDは、ミリ波帯を使ったHD動画伝送の標準化を図る業界団体であり、そのプロモーターにはBroadcom、Intel、LG電子、パナソニック、NEC、三星電子、SiBEAM、ソニー、東芝が名を連ねる。今回のCESでは、WirelessHDの創設メンバーであるSiBEAMのジョン・E・ルモンチェックCEOに、WirelessHDの現状についてお話をうかがうことができた。

●広帯域で無圧縮転送するWirelessHD

東芝ブースにおけるWirelessHDのデモ。Qosmioの外付けアダプタという形でのデモだが、アダプタの販売方法(送受信機をセットで売るのか、バラ売りになるのか等)、販売時期、販売価格は未定だ。ただ、年内には販売される見込みだという

 WirelessHDの最大の特徴は、ミリ波帯を用いた広帯域の伝送が可能なことにある。その帯域は4Gbpsで、フルHD動画を非圧縮で伝送可能だ。ワイヤレス伝送時に圧縮/非圧縮のプロセスを必要としないということは、それに必要なチップのコストが不要になるだけでなく、非可逆な圧縮/非圧縮を繰り返すことによる画質の劣化を心配する必要もない。

 さらに、圧縮/非圧縮のプロセスによる遅延も生じないため、ゲームのようなコンテンツの表示にも適する。CES会場では東芝がQosmioにWirelessHDのアダプタを組み合わせて、FPSやカーアクションといったリアルタイム性の高いゲームのデモを行なっていた。この遅延の少なさは、ビデオソースの切り替えなどの操作を行なった場合のレスポンス向上にもつながっている。

 その一方で、利用する周波数帯域が上がると(波長が短くなると)、電波の直進性が増す一方で、障害物による遮蔽の問題が深刻になる。WirelessHD技術は、複数のアンテナエレメントを用いて指向性の高いビームを生成するフェイズアレイアンテナ技術によりこの問題を解決している。WirelessHDでは、障害物を検知すると、最も強い反射波を利用可能な経路に自動的にビームが収束され、HD動画の再生が途切れることはない。

 それがどの程度かというと、アンテナ部分の直前に手をかざしたり、金属のパネルを置くくらいではビクともしないレベルだ。逆にHD再生を中断させようと思うと、両手を使ってアンテナ部を完全に、ピッタリと覆い尽くすくらいの努力が必要になる。一般的な家庭での利用を前提にする限り、動画の再生が中断したり画面が乱れたりする心配はまずない。

 WirelessHDのもう1つの特徴は、データの送受信に指向性の高い1本のビームだけを利用することである。複数の反射波を利用するMIMOとは逆のアプローチだ。ビームを1つに絞り込むため、室内に複数の受信機(ディスプレイ等)と複数の送信機(ビデオソース)がある場合も、同じ周波数帯を利用しながら、干渉を起こさずに伝送することができる。

 また、指向性の高いビームを利用するため、無線機の出力に対して高いゲインが得られる。この1月から量産出荷を開始したSiBEAMのチップセットは10mWの送信出力で、4Gbpsの帯域と10mの伝送距離を実現している。出力が小さくてすむことで、無線システム全体の消費電力も数Wと低く抑えられる。


SiBEAMのWirelessHDチップセット SiBEAMのチップセットを用いたリファレンスデザイン

 このSiBEAM製のチップセットはMACチップ(ネットワークプロセッサ)のSB9120/SB9121と、PHYチップ(RFトランシーバー)のSB9110/SB9111で構成される。WirelessHDは双方向通信が可能だが、帯域は非対称で、動画のような広帯域を必要とするデータの伝送ルートは1方向のみとなるため、受信機用と送信機用で利用するチップセットが異なってくる。PHYチップはアンテナモジュールと一体化されており、部品点数の削減が図られている。

リファレンスデザインを用いた送信モジュール 村田製作所による受信モジュール(上)と送信モジュール(下)。リファレンスに比べてさらに部品点数が少ない フェイズアレイアンテナによる高指向性ビームフォーミング

 現時点で量産されているWirelessHDのチップセットは、このSiBEAM製品1種類しかない。が、プロモーターにIntelやBroadcomが名を連ねるほか、Zoran、ST Micro、NXPなど多くの半導体メーカーがWirelessHDに参加しており、こうした企業からも対応製品がリリースされるものと思われる。この1月には相互接続性を検証するテストセンターの運用も開始されており、マルチベンダー体制への準備も整いつつある。ここでは単に動画データの伝送ができるというだけでなく、HDMI-CECに基づいたコマンドセットレベルの互換性も検証されるという。

 このWirelessHDに準拠した最終製品だが、上述した東芝のほかに、パナソニックも1インチ厚のPDPテレビTC-P54Z1にWirelessHD技術を組み込むことを明らかにしている。ほかにもWirelesHDにはシャープ、日立、パイオニア、オンキョー、デノンなど、我が国の主要なAV機器ベンダが参加している。おそらく年内にもこうしたベンダーが提供する最終製品が、国内でも購入可能になるだろう。これまでワイヤレスというと、ケーブルが不要になることによる行動の自由という側面が強調されてきた。が、これからはコネクタの削除による形状の自由という側面も注目されることになりそうだ。


□WirelessHDコンソーシアムのホームページ(英文)
http://www.wirelesshd.org/
□関連記事
【1月10日】【CES】1080p無線伝送のWirelessHDが相互接続性を訴求(AV)
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20090110/ces11.htm
【2008年1月7日】AV機器向けの無線HD映像規格「Wireless HD」が策定(AV)
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080107/wireless.htm

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(2009年1月13日)

[Reported by 元麻布春男]

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