「急患です」。受話器を手に診察室に駆け込んできた看護師から年齢や簡単な症状を聞くと、医師は泣き叫ぶ子供に注射針を刺した。昨年12月の休日、渋川市にある小児専門病院「県立小児医療センター」。ここでは休日や夜間の時間外でも、待合室が静かになることはほとんどない。
同センターでは休日の午前8時半~午後5時半を日直、平日も含め午後5時半~翌午前8時半を当直と呼ぶ。日・当直は、内科と外科をそれぞれ医師1人で対応する。この日、内科日直の江原佳史医師(28)は、午前中だけで下痢を訴えた心臓病の男児(2)ら3人を診察。検査も含めると1人の患者に1時間以上を要し、昼食時間も確保できなかった。「患者が多い時は水も飲めない。こちらが脱水症状になりそうな時もある」と苦笑する。
こうした時間外の患者に対応する小児救急は「輪番」と呼ばれる当番制で、中毛、東毛、西毛、北毛の4地区ごとに担当病院を割り振ってある。北毛(渋川市、吾妻郡、利根郡)は06年4月、原町赤十字病院(東吾妻町)に小児科の常勤医が不在となって以来、同センターと利根中央病院(沼田市)の2院が輪番を担当。医師数や病院の規模から、8割を同センターが受け持っている。
同センターの内科医は13人。このうち約半分を占める20~30代の若手医師は月に4~5日は日直か当直に入る。翌日も通常通りの勤務となるため、若手に疲労が蓄積していく。同センターは群馬大医学部付属病院と並び、重症患者を診る小児3次救急病院に指定されており、年を追うごとに業務は増える一方だ。
それでも、同センターの医師増員は望み薄だ。背景には、勤務医不足の厳しい現状がある。県医務課によると、県内の小児科勤務医は06年末に115人、4年前と比べ19人減った。全体の医師数は微増しているのに、小児科や産婦人科などの勤務医は減少が目立つ。原町赤十字の例を引くまでもなく、小児救急の現場は危機的な状況だ。
同センターの丸山健一副院長は「現状では勤務医は肉体的、精神的にきつく、若手の開業医志向を助長してしまう。専門性を高めて、勤務医の良さをアピールしないと今後、小児救急は本当に崩壊してしまう」と警鐘を鳴らす。
県は08年度、県内の小児科、産婦人科、麻酔科で勤務医として働く意思のある大学院生と研修医に月15万円の奨学金を貸与し、実際に勤務したら返済を免除する制度を始めた。
しかし、募集枠30人に対し応募はわずか1人。再募集への反応も鈍く、問題の深刻さを際立たせている。=つづく
毎日新聞 2009年1月8日 地方版