歴史に残る恐慌へと進むのだろうか。
専門家の予測や各種の調査は、新春からそんな暗い予感を振りまいている。しかし、不安にとらわれてはいけない。「悪い」を「改善」につなげるも「最悪」に突き落とすも、私たちの行動次第なのだ。今年は貴重な1年となる。
「我々が唯一恐れるべきは恐れそのものだ」。1933年春、第32代米大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトは、就任演説で訴えた。「後退を前進に変えるのに必要な努力をまひさせる根拠なき恐怖」。その恐怖を乗り越える政策が今、再び求められている。
幸い、当時は存在しなかった手立てを私たちは持っている。国際協調の枠組みだ。75年前の世界には、主要8カ国による「G8」も、先進国と新興国を合わせた「G20」も世界貿易機関(WTO)もなかった。大恐慌などの反省から築き上げた、この国際協調の枠組みを活用しない手はない。
ところが、現実は逆方向へと動きつつある。
世界銀行の予測によれば、今年の世界の貿易量は1982年以来初めて、前年を下回りそうだ。主に先進国の景気後退に伴う需要減を受けたものだが、間違った政策によってさらに貿易を落ち込ませ、世界同時不況をより深刻化させることにならないかと、心配だ。
昨年11月に米ワシントンで開かれたG20金融サミットで、首脳らは「協調」を高らかにうたった。08年内にWTOの自由化交渉で大枠合意をめざすこと、少なくとも1年間、新たな貿易障壁を築かないことを誓った。だが参加国のロシアとインドは、たちまち関税の一部引き上げを決め、インドネシアやアルゼンチンも輸入制限に動いた。WTO交渉は合意のための閣僚会合さえ開けなかった。G20は早くも期待を裏切った。
米大手自動車メーカーへの米政府支援も国内企業に対する補助金の役割を果たす。こうした支援策は他国の対抗策を招き、保護主義を加速させかねない。
恐怖にかられ、市場を閉ざすことや通貨を切り下げることによって国内の雇用を守ろうとした保護主義は、かつて恐慌を一層深刻化、長期化させた。他国の犠牲のもと優位に立とうとする近隣窮乏化政策はナショナリズムと共鳴した。
同じ道をたどることのないよう、日本は開かれた市場の維持と景気対策での国際協調をねばり強く他国に働きかけねばならない。自由貿易の恩恵を最も受けてきた国の一つとしての責務でもある。
保護主義を排除する努力に加え、日本自らが国内にとどまらない景気刺激策を打ち出すべきだ。「内需拡大」が叫ばれているが、国内の消費や投資を喚起する策だけでは不十分である。「100年に一度の危機」と呼ぶのであれば、それを超えるスケールの構想が必要になる。
例えば東南アジアを含む東アジア全体を広い意味での「内需」ととらえ、域内諸国と共同で大規模なプロジェクトをやってみてはどうだろう。
世界的な景気後退の中、減速するとはいえ、相対的に高い成長が期待されるのが東アジア地域だ。しかし、その成長に必要な資金は金融危機下の米欧から入ってこなくなる。アジア諸国は環境対策にも力を入れようとしているが、技術力が足りない。日本の資金と技術が積極的に出て行く時だ。
これは途上国支援ではない。広い意味での公共投資ととらえるべきである。今や日本の東アジア向け輸出は対米、対欧州連合(EU)を合わせたものを上回る。アジアで加工された後、最終的に米欧市場に向かうものも多いが、今後は所得向上により東アジア域内で消費する比重を高めていかねばならない。
そのための構想を特に日中韓が中心になって早急に練り上げる。各国ばらばらの財政出動ではなく、地域全体が発展し、豊かになるための効率的な戦略を共同作業で描いてみよう。高速交通網や巨大物流網の建設、環境に優しいエネルギー・インフラの整備などできることは多いはずだ。
日本と韓国を海底トンネルでつなぎ、中国や東南アジアまで縦横に走る高速道路や新幹線を敷設する構想もある。戦後の信頼醸成の努力が欧州に比べ立ち遅れたアジアでは、大構想が持ち上がっても相互不信や政治的な対抗意識が邪魔をし、具体化しない例が多かった。だが、単独行動の限界を鮮明にした経済危機は、政治的障害を克服するきっかけとなる。雇用創出や経済関係の緊密化、信頼醸成を一気に進める絶好の機会ではないか。
欧米の経済が大きく落ち込む中、相対的に日本の悪化度合いが軽いと見られ、円が買われている。円高の悲鳴が自動車など輸出産業から聞こえてくる。
だが円高になれば海外への投資は安上がりになる。むしろチャンスである。
近隣窮乏化ではなく近隣繁栄化へ、「恐れ」に負けて保護の壁を築くのではなく、より開かれた経済へと前進する力へ。ギアを果敢に切り替えよう。
毎日新聞 2009年1月5日 0時40分