【エルサレム前田英司、カイロ高橋宗男】イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザ地区への空爆で、パレスチナ自治政府やエジプト政府の非難の矛先が、ガザを支配するイスラム原理主義組織ハマスに向けられている。パレスチナを含むアラブ諸国は従来、イスラエル軍の攻撃に団結してきたが、反イスラエル最強硬派のハマスやその後ろ盾のイランに対し、「穏健派」の不満が噴出した形だ。
「我々は何度も停戦維持を求めた。虐殺は回避できた」。アッバス自治政府議長は28日、カイロでムバラク・エジプト大統領との会談後、空爆を誘発した責任はイスラエルとの停戦延長を拒んだハマスにあると非難。この前日に空爆を「犯罪行為だ」と呼んだ姿勢から一転した格好だ。
パレスチナはハマスが昨年6月にガザを武力制圧して以来、ハマス支配のガザと、自治政府支配のヨルダン川西岸に分断。和解の模索は両者の権力闘争に発展し、頓挫を繰り返した。議長は、ガザを蚊帳の外に置くイスラエルに同調し、和平交渉を再開。最近では来月の任期満了の先延ばしを図る議長にハマスが猛反発し、対立の深さを露呈していた。
一方、エジプトは停戦延長や、パレスチナの分裂解消の仲介に応じないハマスに不満を募らせた。ハマスはエジプトの野党勢力ムスリム同胞団に由来し、対外的なライバルであるイランとの関係も深い。政府関係者の間からは、内外の懸念を逆なでするハマスに「もはや手に負えない」との本音が漏れていた。
しかし、アラブ民衆の目には、エジプトが「イスラエルのガザ封鎖に手を貸してきた」と映っている。空爆に対する抗議デモはレバノンやイラク、ヨルダンなどに拡大。親米アラブを代表する形で、エジプトへの批判が集中している。
ハマスは自治政府やエジプトの姿勢を「裏切り者」と切り捨てた。イスラエルのメディアによると、ハマスは27日の空爆前、エジプトから「イスラエルは軍事行動に出ない」との感触を伝えられたという。エジプトは空爆の負傷者を受け入れるためガザ境界に救急車を待機させたが、ハマスは「攻撃に加担した」として一時、支援の打診を拒絶していた。
ハマスを支持するシリアは空爆を受け、トルコを仲介役としたイスラエルとの和平交渉の停止を宣言。エジプトとの対応の差を際立たせている。
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空爆の狙いや展望についてイスラエルのベンシトリット駐日大使と、ハマスと対立するパレスチナ自治政府のシアム駐日代表=に聞いた。【鵜塚健】
空爆を開始したのは、ハマスが停戦延長を拒否し、ロケット弾攻撃をやめないためだ。メディアは「(来年2月の)総選挙前の人気取りだ」と言うが、全く関係ない。ハマスが主張する(ガザ地区の)経済封鎖もウソだ。我々は人道物資の輸送や資金供給もした。
攻撃はハマスの関連施設を対象にしているが、人口密集地のガザでは残念ながら市民の犠牲が出る。双方の死者数は違うが、ハマスはこの2カ月で2000回の砲撃を繰り返し、イスラエル側にも大勢の死者が出る恐れがあった。ハマスが攻撃を止めれば我々も止める。
エジプトや米国の仲介は今後も歓迎する。大事なのは武力ではなく交渉だ。双方が憎しみを越えなければ、平和的解決はない。
イスラエル軍の空爆によるガザの犠牲者数は、ガザからのロケット弾攻撃によるイスラエル側の犠牲者数と比較にならない。これは「大虐殺」だ。イスラエルは攻撃を正当化しようとするが、落ち目の与党カディマが人気取りで行っただけだ。
ハマスは地下に潜っていて、空爆対象の建物にはいない。意味のない攻撃で子どもや女性が犠牲になっている。イスラエルが67年と73年の国連安保理決議を守らず、占領地(ヨルダン川西岸とガザ)から完全に撤退していないことを国際社会は忘れてはならない。
一方、ハマスがこれ以上攻撃を続ければ、イスラエルから何十倍もの反撃を受けて多大な犠牲が出る。ハマス側も停戦継続の必要性を認識すべきだ。
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イスラエル軍の集計によると、ガザの武装勢力が発射したロケット弾数は6月の停戦後、急激に減少。12月の失効期限が近づくにつれて再び増加に転じた。ただ、ロケット弾の多くは、殺傷能力や精度は低い。集計分は軍が確認した発射数で、実際に着弾した数はこれよりも少ない。
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■ことば
エジプトの仲介によって、イスラエルとイスラム原理主義組織ハマスを中心とする武装勢力の間で、6月19日から6カ月間、攻撃停止することで合意した。「平穏」な状態が続けば、ガザへの物資輸送制限を緩和し、双方の兵士・囚人の交換協議を開始するとしていた。封鎖は一部緩和されたが、住民の不満は解消せず、ガザからイスラエルへのロケット弾攻撃やイスラエル軍の反撃も続いた。停戦合意の延長も模索されたが、ハマス側の拒否によって12月19日に失効した。
毎日新聞 2008年12月30日 東京朝刊