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社説:人に優しい社会を=主筆・菊池哲郎

 21世紀の序盤を生きてきて世界は今、新しい価値観を必要としています。冷戦が終わりアメリカの世紀が続く中で、アメリカ型グローバリゼーションが今世紀の基本的な姿ではないかと予測されましたが、明らかに違ってきました。

 昨年後半以降世界を襲ったリーマンショックに端を発する世界経済全体の急速な変調は、アメリカ型金融主導資本主義に決定的な疑問を投げかけました。イラクやアフガニスタンでの戦争への疑問とあいまって、アメリカの価値観そのものへの不信感が強まっています。世界一極時代到来とまでいわれてから、たった8年での凋落(ちょうらく)ぶりは驚異的です。

 しかし、よく世界を見渡せばアメリカの存在感が薄らいだ分を埋め合わせる以上に、中国、インド、ロシア、アジア諸国、資源国などが世界における存在感を増しています。多極化という古い分類ではなく、各国平等な真の意味でのグローバリゼーションが大きく前進しているのではないでしょうか。これは人類史上初めてのことです。そこに人類のこれからの夢が横たわっていると思います。

 そうした世界の大きな構造変化の中で日本はどうするのかが今年の課題です。経済的打撃は小さくありません。しかし依然として日本経済は世界で2番目の規模で、きら星のように世界で活躍する企業群をはぐくんでいることに変わりはありません。混とんとなった世界経済を再構築する原動力を持っているということです。

 アメリカやヨーロッパが不調になったからといって日本も同じようになる必要はありません。どうなるのかばかり心配するのでなく、どうしていくのかを考え実行していくことが重要です。1500兆円の個人金融資産に象徴される世界に冠たる資産と技術と経験をフル活用することが日本の世界に対する義務でしょう。そのこと自体日本のためです。先の心配をすることと自信喪失は別です。せっかく持っている力を自覚しどう活用するかです。

 ポイントは何が大事か価値観を確立することです。そのためにもっとも大事な役割を果たさなければいけないのが政治です。持てる日本の資源を最大限有効に生かすには大きなデザインを描き、全体を効果的に融合する仕掛けを作ることが重要だからです。混とんのときこそ政治が哲学を持って将来を展望し企画し、一人ひとりが夢と生きがいを持てる状況を作っていくことが任務です。

 2兆円ばらまくなど政策といえません。たとえば全額投入してがん治療特効薬を開発する、次の産業である航空機開発や介護用ロボットを完成する、アジアの学術の中心都市を作るなど有効なお金の使い方はいくらでもあります。それによって生きがいを保証する雇用を創出し社会の安定をもたらすことが、政治の基本中の基本なのです。

 そのためには政治の世界のトップ群像たちがどれだけ信頼されるか、その信頼感が最重要です。アメリカ的な価値観に大きな疑問が生じ世界が真のグローバリゼーションに向かう中で、政治が選択していかなければいけないことは山ほどあります。アメリカの圧倒的地位がなくなった場合再考を要することはほぼ全分野にわたるでしょう。

 食料自給率や食の安全への不安は、アメリカ不信と無縁ではありませんし、農業復帰を通した地方再生や人々の生きがい回復にもつながっています。同じようなことはエネルギー供給への懸念や裏腹の環境問題への関心の高まりでもいえます。原子力エネルギーをいつまでも臭いものにふたで関係者任せにしていられなくなります。目先の雇用不安や地方の疲弊への対応は必要ですが、年金・医療・介護での安心感の再構築は、生半可な目くらましの言い訳政策でしのげる世界ではありません。全面的に底辺に横たわる政治家不信をまず払拭(ふっしょく)することが、多方面で求められる安心感の基本です。

 政治の最終目標は人に優しい経済社会を作ることです。それが今回アメリカ的価値観の崩壊からわれわれが学んだ教訓です。久々にみんなで新しい挑戦を始めようではありませんか。

毎日新聞 2009年1月2日 12時09分

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