「挙げればきりがないほどの仕事がある」。5日の配備を前に、君津中央でドクターヘリを運用する朝日航洋(本社・東京都)の「立ち上げチーム」リーダーの中根健一(43)は言う。
チームは飛行時間4000時間を超えるパイロットの中根、運航の管理を行う「コミュニケーション・スペシャリスト」(CS)の平井俊明(40)、整備士、浅見眞(42)の3人で構成する。いずれも他の病院で、ドクターヘリ運航の経験を積んだベテランぞろい。
チームは病院との契約が完了した11月末から活動を開始した。準備作業は、病院での運航スタッフの待機場づくりに始まり、関係機関との打ち合わせ、各自治体の消防機関への広報まで幅広い。それを1カ月弱で完了させる必要があった。病院近くのビジネスホテルに泊まり込み、作業を進めた。
中根はパイロットとして病院付近の空域を管制する陸上自衛隊木更津駐屯地との交渉も担当した。「ドクターヘリ運航に理解があり、協力的。実際に飛び始めても問題はなさそうだ。ただ、海に近いことから風や霧などの気象条件について見極める必要がある」と話す。
平井は県内に設定されているヘリと救急車が接触できる「ランデブーポイント」のデータ整理に取り組む。CSの仕事は、医師が乗ったヘリと搬送の必要な患者をいち早く接触させること。それには不可欠なデータだ。
浅見はドクターヘリに使われるアメリカ製MD902型機の内装にアイデアを巡らせる。ドクターヘリに装備される医療器材は最近、大型、高機能化しているという。医師や看護師が使いやすい配置であること、しっかり固定でき飛行中の安全を確保することを両立させなくてはいけない。整備士の腕の見せどころだ。
「ドクターヘリは、社会のニーズに最も近い事業。あまり知られていないヘリコプターの持つ機能や役割を一般に理解してもらういい機会だと思う」。運航開始に向け、中根は表情を引き締めた。(敬称略)
千葉県には01年10月、日医大千葉北総病院に初めてドクターヘリが配備された。県医療整備課によると、ここ数年は年間700件近い出動があり、08年3月までの6年半で、3810件延べ3701人の搬送実績がある。
ドクターヘリは出動から到着までの所要時間が15分の「半径約50キロ」が適切なカバー範囲とされる。1機体制では房総半島の南半分が15分以上のエリアだったが、2機目の導入で県内のほぼ全域が「15分圏内」に入る。2機目の配備先の候補となった医療機関は2カ所あったが、地理的なメリットから内房のほぼ中央にある君津中央病院に決まった。
2機目の配備で千葉県は「ドクターヘリ先進県」となったが、課題もある。その一つが、ヘリが離着陸できる「ランデブーポイント」の数。自治体によって大きな開きがある。
40カ所以上あるのは市原、木更津、成田、香取、柏、野田、佐倉の7市で、北部に集中している。一方、船橋、勝浦、流山、君津、袖ケ浦の5市と芝山、御宿、鋸南の3町はわずかに1カ所ずつ。「北高南低」の傾向が顕著だ。同課は「ドクターヘリに対する自治体の意識の差が表れている。2機目の導入で理解も深まるのでは」と話す。
また、運航時間が「日の出から日没1時間前」に限られていることも運用上の弱点だ。ランデブーポイントは学校の校庭(529カ所)や公園(230カ所)がほとんどで、照明設備が整っていないのが最大の理由。有視界飛行が中心のヘリコプターは、夜間飛行は特に高い技量と支援態勢が求められる。特に冬季の出動可能時間は1日の半分に満たないため、今後、夜間運用の対策が不可欠だ。
ドクターヘリは現在14道府県に15機配備されている。千葉県は北部の1機だけだったため、房総半島南部までは出動時間がかかっていた。2機目の保有は静岡に次ぎ2県目。県民の選択として非常にいいことだと思う。
日本はまだドクターヘリの後進国。国内には50機は必要だ。費用は国民1人当たり年間約80円で済む。各県1機目の運用費は国と県が折半しているため、都道府県の意識が重要。「ぜいたく品」との認識が強かったが、07年6月にドクターヘリ特措法が成立してからは理解が進んだ。
地域で命の格差があってはいけない。医師を増やすのは難しく、ドクターヘリでいち早く患者を医療現場に連れて行ける体制づくりが大切だ。私は警察庁長官だった95年、東京都荒川区の自宅マンション前で狙撃されたが、30分で病院に運ばれた。救急病院まで近い東京だったから助かった。救急病院までの所要時間が平均30分以内という搬送能力があるのは5都府県に過ぎず、60分以上は18道県にのぼる。
ドクターヘリで運ばれた患者の救命率は高い。退院、社会復帰までの費用も安く済む。全国の都道府県にドクターヘリを完備させることが急務だ。導入先進県となった千葉は今後、2機を有効活用できるように双方の連携を深めてほしい。(談)
毎日新聞 2009年1月1日 地方版