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ああ、てっちり。

  • 2008-03-19 (水)

先週は東京「とらふぐ亭フォーラム」で新宿御苑前の厚生年金会館へ。

とらふぐ亭は、大阪・生野は今里新地の「ふぐ太郎」がそのルーツである。 経営は(株)東京一番フーズであり、この会社は現在、首都圏に50店舗を出し上場も果たした急成長企業である。 その社長が坂本大地さんだ。

今回のこのフォーラムは、とらふぐ亭を支える長崎県のとらふぐ畜養生産者からの報告(後援は長崎ふくブランド化推進協議会)、そしててっちり文化の座談会である。

わたしはてっちりの本場・大阪を代表である。フグを食べるということはどういうことなのかなどなどを坂本大地社長、元柴田書店代表取締役の野本信夫さんと大いに語ろうという趣旨だ。そして進行は水産研究者の岩成和子さんである。

坂本さんとは長いお付き合いである。もう2年も前に「だんじり日記」にも書いたことがある。 

生野の今里新地に、1軒のてっちり屋がある。
その店は「泳ぎてっちり」1人前1980円で大ブレイク、平成8年東京へ別名で進出し、今や都内22店舗の大ふぐチェーン店に成長した。
もう15年以上も前のことだが、ひょんなことからここの店のオープンに遭遇し、S社長と知り合いになったのだが、大阪の商売人とはかくやのお人柄と、ふぐにかけての愛情はすごいのひとことである。

わたしすなわち江弘毅やライターの堀埜浩二くんやフードジャーナリストの門上武司さんは、ミーツ始めいろんな雑誌にこの店とこの人のことを書きまくったが、小説新潮の「大阪学」の連載で曽束政昭が今里新地のこの店の経験を書いた実録コラムは忘れられない。

オレは実家が岸和田で、同じ町内にふぐ博士・北浜喜一さん(「ふぐの博物誌」著者)の「ふぐ博物館」を併設したふぐ料理「喜太八」があったり、だんじり祭の宴会やその他いろいろで、てっちりに親しむ楽しい人生を送ってきた。
堀埜くんは、日本有数の度胸千両系男稼業事務所とふぐ屋密集地帯であり、飛田新地を有する西成区育った。
てっちり、 鮨、焼肉を「三大ごっつぉ」と定義するする彼の説は、未だ軸足がしっかりしていて揺らぐことがない。
われわれは「日本一のてっちりなエディター&ライターの甘く危険な日々」を送ってきた、といっても過言ではないのだ。

さててっちりである。

またの名を「鉄砲」と呼ぶこの魚がこと魚介類においては「大人の味覚」の最右翼に位置することは、説明不要であろう。
人を愚弄するかのようなとぼけた表情からは想像しにくい、エレガントで淡泊な身。
独特の歯ごたえとゼラチン質特有のトロリ感にうっとりする皮。
ぼてっとプリティなルックスの中に、およそ旨みというものを凝縮したような複雑な甘みを持った白子。
そして「鉄砲」の語源たる、禁断のキモの存在。
単体の食材でありながら、多くの味わいとレトリックに彩られたフグは、常に大阪浪速的「イテマエ気分」を満たせてくれる。
さらにフグを使った料理の究極の姿が「てっちり」、すなわちタテめしにおいて最もシンプルなレシピの「鍋料理」である点も実に渋い。

確かにてっさも焼きフグも旨いが、アチアチと手で「アラ身」をわしづかむやほろりと骨から離れる白い身と、きりっと締まったポン酢のコンビネーションは、男たちを至福の境地へと運んでくれる。
…勢い余って「男たち」と書いてしまったのではなく、フグはやはり男の食べ物であることも、この際断言しておこう。

ミナミでも少し外れの、旧いゆえ場末となった萩ノ茶屋や今里あたりのてっちり屋で、少人数かつ言葉少なに鍋を囲む。
当然のようにアラ身だけをどさっとぶち込む。フタをする。
誰かが丁寧にアクをすくう。
「おう、もういけるで」の声で一斉に箸をのばす。
そして「うまいのお」と時々唸る。
女子供の介在しない、そのようなシーンにこそ、フグは相応しい。
だからこそミナミで「そんなシーンの外食」が中心であるところの、つまり「そんなジャンルの人々」に絶大なる支持を得ているわけだ。
逆に「フグってアタるンでしょ、コワ〜イ。でも食べてみた〜い。」なんてネエちゃんが集まって、てっちりを囲んでいる風景を想像して見給え。
それで我が国の将来が憂いてこないとしたら、こら相当にヤバイ。
このの典型的な「ごっつぉ」感覚は、てっちりが最右翼であり、下町それも大阪でしかないものだ。

ときおりネオ文壇グルメな書き手が、東京方面の雑誌などでしきりに高級料理の粋(すい)として「ふぐちり」や「ふくさし」のことを、ボルドーの銘醸ワインをぐるぐる回して飲んでいるかのように記述するのを見るにつけ「違うねんなあ」と思うのは、大人の味覚をプレステージやステイタスとして認識している浅さ、つまり「グルメの水準」でそれを語ろうとする「非」街的感覚が鼻につくからだ。
「てっちり」や「てっさ」は、粋(いき)がりでちょっとヤクザなところが「味」なのであって、「高くて旨い」のではなく「旨いけど高い」という大阪弁でいうところの「旨いもんの値打ち」を誤解している。
「てっちりかあ、エラいごっつぉやなあ」は高さ安さに関係ない。そこを分からんとなあ!

これは堀埜くんがちょこちょこっと書いたものを元に、わたしが大幅改稿してとある文芸誌に寄稿したものだが、曽束政昭は「大阪学」で、スバリこの店で大胆に出されるキ×について書いた。

キ×は日本国内すべてのところでは出してはいけないはずだ。
加えてキ×のことを書いている文章はほとんど見たことがない。

ところがこの店では、突き出しにも出てくるし所望とあればドカンと丼で出てくる。
白子は確か2千円ぐらいだが、キ×は出したらいかん、ということになっているので無料である。

この日はS社長の招きで、東京から来阪されていた水産関係の研究者・I成さんと一緒に今里新地を訪ねた。
東京のスタッフが2名「研修」ということで来ている。
「すごいとこですねカルチャーショック、受けました」と東京弁でいうスタッフに、社長は「ここから始まったんやで」と説明している。
「今日もそうやろ。この辺は、業界の人が食べてる横で、子供連れの家族とか若いアベックが食べてるちゅうのが普通なんや。ねえ、江さん」とオレに相づちを求めるから「大阪広しといえど、こんな風景は多分この街だけですわ」と付け加える。
キ×については「ここらへんでは出さんと、あいそないなあ言われますけど、東京はあきまへんねん」だそうだ。

東京で初めて出す店舗は歌舞伎町で、それが正解だった。
初めは客がパラパラ状態でやっていけるのかと思ったが、場所柄、関西の「業界の人」が出張で来ることが多くて「おお、なんやあんたがやってるんかいな」と口コミで広まって、見る見る一杯になり、渋谷、赤坂、銀座…と出店することになった。
なんでこんなに安いの、これってとらふぐじゃないんじゃないの、とよく訊かれたが、東京人は全くふぐに対しての舌ができていない。
ことなどを豪快に話してくれる。

皮とキ×の突き出し、てっさ、白子焼きと続く。
おお、極上の白子や。
誉めると、「昼さばいてたら、ええのんが出てきて、これ取っといたろ思てましてん」とのことで、この人は、ほんまに大阪人やと感心する。
びりりとくるこだわりの手搾りポン酢は相変わらずだし、「お好みでどうぞ」と今日は特別に薬味のひとつとしてキ×をすりつぶしたゲル状のもの(何ていうのだろう)もたっぷり出てきた。
焼きふぐ、唐揚げ、鍋へと進む。
どかんとキ×。なんちゅう量だろう。

ちょっとビビってしまったオレは、きょうは胃がもたれて脂っこいもんあきまへんねん、と遠慮するのだが、特大の白子をどんどん鍋にぶち込んで頂くのであった。

てっちりの育ちはこわい。そしてオレも大人になった。

坂本大地さんはフグの革命家である。18歳の時から大阪で活魚業者をしていて、毎朝4時に市場のセリに行き符丁を聞いていた。

市場に通ううちに目をつけたのがフグの流通である。てっちり屋で客の口にはいるまでに、いろんな中間仲買業者が入っている仕入れの複雑さに驚き「はっきり言ってフグの世界はぼったくりや」と疑問を感じたそうだ。

そうなると根が「なにわ商人」。全国の産地を歩き回り、直取引の独自のルートを開いた。

もちろん「とらふぐ以外はフグやない」。それにこだわる養殖業者から直接買い付け、生きたままローコストで輸送する技術も開発した。その結果が「泳ぎてっちり1980円」のふぐ太郎である。

どっちみちやるんやったら日本一のフグ激戦地の生野で、ということで遊郭のあった今里新地に午前3時までの営業でオープンした。

そのころ、わたしは『ミーツ』のバリバリの副編集長で、地元の事情通からこの店のオープンを知った。 

坂本さんはインタビューで「てっちり屋は、夜中に飲み屋のネーちゃんが男と食べに来るような、柄悪いとこやないとあかん」と名言を吐いている。岸和田育ちのわたしはそのあたりの状況はよく分かっている。

坂本さんはその後、東京に進出、大成功するのだが。その心の底には「東京なんかチョロいわい」と思っていたのか知らないが、「フグの食い方教えたれ」というものがあった。だいたい大阪の料理人はこのパターンが多い。

今まだ、白子がぎりぎりうまい季節である。ついでにもう1本、こないだ柴田書店の専門誌に書いたコラムも。

大阪人とてっちり******************* 

「食い倒れ」大阪を代表する食べ物は何か、と問われて、「たこ焼き、お好み焼き」と答えることは「わたしは子供です」と告白することと同義である。

そしてその全く逆の答えにあたるのが、「てっちり」である。

典型的な大阪弁由来の「てっちり」の語源は、フグは食してその毒に「当たると死ぬ」から「鉄砲」であり、その「鉄砲」の省略形「鉄」の「ちり鍋」で「てっちり」となったのが通説である。文献によると室町から江戸時代を通じてフグ食は広く禁じられていたが、明治の半ばになって伊藤博文があまりの旨さに驚き、これを解禁したという。俗説ではあるのだろうが、かの下関条約が締結された下関の春帆廊がその舞台だったとも言われている。

そして今なお。フグについては食用が認められている種類や部位が、食品衛生法によって細かく定められている。

てっちりという食べ物はそういう背景から、多分にアウトロー的ニュアンスに富んでいる。

現に大阪の古くからあるてっちり屋、つまりフグ料理店のロケーションは、道頓堀や今里、西成といった歓楽街の少し外れや遊郭跡といった、ちょっといかがわしくて場末的な香りのするところに多い。そういうところにも、てっちりという食べ物が、キャビアやフカヒレといった単なるグルメアイテムではない、という微妙なところが表象されている。

食べたり飲んだりすることを記号消費的なベクトルで引っ張っていこうとするこのところの情報化社会では、誰もがシャトー・マルゴーや大間産のマグロを望むことと同じように、赤身ばかりでなくキモの部分を好んで食べたがる人種を生んできた。

大阪でも少し前までは、てっちりなどは玄人筋つまりヤクザな人の食べ物であり、シロウトが食べるものではない、という了解があった。だからこそ街場の大人にとっては実に上手いアイテムであるのだが、今でも大阪人の家庭では、若いOLの娘が忘年会などの後、家に帰ってきて「てっちりだった。ヒレ酒がおいしかった」などと言おうものなら、親は「この娘は、なんというものを…」と顔をしかめる。てっちりはそういう食べ物なのである。

わたしは、だんじり祭で有名で大阪のディープサウスと異名を取る岸和田の旧い商店街で生まれて育ったから、幸か不幸かそういうてっちり的なものには慣れ親しんできた。そういう下町的横丁的は体質は、同世代の大阪、京都、神戸といった近畿地方の街場の人間には深くきざまれている。

そんな街場の大人は、休日の昼間に洋食屋に行ってライスなしでオムレツとカキフライでビールを飲んだり、焼肉やでロースやカルビを注文せずにホルモンだけを注文したり、行きつけの店でメニューにないものを注文したりすることが「おいしいこと」であると信じている。それは端的に「粋がる」ことには違いなく、考えてみればたわいもない行為であるが、そこには単純にグルメ情報カタログ誌に載っているような「美味い店」の「美味いもの」を商品として抽出して、それを消費してやろうというスタンスはない。あくまで店で遊ぶための方法論である。

そういったグルメ者ではない、いわば街場の食の極道者たちは、てっちり屋で鍋を囲むと、さも当然のようにまずはアラ身ばかりを煮立った湯にドサッと入れる。そして蓋をして言葉少なに待つことしばし、誰かの「おう、もういけるで」の声におのおの箸を伸ばし、時々「うまいのお」と唸りながら、きれいに身をさらう。そしてていねいにアクをすくい、アラ身にクチバシの部分や鍋皮が加わるものの第2ラウンドも以下同じ。おっと、厳冬期に美味くなる白子、あるいは秋なら松茸というのもアリだ。ほかの具はやっとそこから入り、豆腐そして白菜、春菊のみ。それもさっと食べる分の少しずつ。そういういわば、てっちり的文脈を無視して最初から野菜などを入れる無粋者には、「ちゃんこ、違うぞ。」と静かに鍋奉行が注意する。今日のフグおよび全員の気分や身体状況が「イケる」となれば、アラ身だけを追加する。時にはてっちりとヒレ酒だけで満腹し、雑炊を省略してしまう。だから、大阪では「コースを人数分」とかで注文せず、皮の湯引きと鍋といった単品オーダーが多い。

そういうディセンシーつまり現場作法のようなものが、連綿として街の先輩から後輩、時には父親から息子へと、実際にてっちり屋で一緒に鍋を囲むという仕方で伝わる。それはメディアの中の職業グルメたちが、鮨屋ではどの順番で何を注文するのが正しいとか、鴨のコンフィにはどんなワインを合わせるのが常道だ、といった明文化・情報化できるものではなく、もちろんマニュアルといった類のものでもない。

なぜなら、「フグを食べる」ということは元来アンタッチャブルな行為であったからだ。今でもフグを扱うには免許がいるし、キモなどの部位は供することが法律で禁じられている。そして全国のフグの消費量のおおよそ6割が、大阪で消費されている。それが食文化という大層なものであるかはわからないが、「天下の台所」大阪というところは、江戸はもちろん同じ上方でも京都などと違って、町人層が9割を占める街でもあり、てっちりは、確かに大阪の食の風俗である。

 

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Comments:3

ももち 2008-03-20 (木) 07:10

浅草にもありますね。
行ってみましょう。

バッキー・イノウエ 2008-03-20 (木) 08:11

それにしてもフグはうまいのー

俺は週に一回はひばなやに行ってる

2008-03-20 (木) 22:42

イケると思うけど、やっぱりてっちりは大阪やで。

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