サイエンス

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

がんを生きる:いのちの時間/上 告知を出発点に

 ◇子どもたちとしっかりお別れ/再発繰り返しても「人生充実」

 「余命は3~4カ月ですね」

 今年3月、国立がんセンター東病院(千葉県柏市)の診察室。中年の男性医師は、パソコン画面の検査データを見つめたまま、大貫吉夫さん(72)に淡々と告げた。突然、知らされた人生の期限。「衝撃で頭が真っ白になりました」

 1カ月前、かかりつけの病院での胃カメラ検査で胃がんと分かり、センターで精密検査を受けた。

 「抗がん剤治療を行えば、2年生存率が10%、1年生存率は50%ぐらいには上がります」。気持ちの整理がつかず質問もできない。医師の説明はよどみなく続いた。

 大貫さんは妻(71)と2人暮らし。クリーニング店を自営する傍ら抗がん剤治療を行い、余命とされた期間を超えて命を保ち続けている。余命の告知を受けるべきではなかった、とは考えていない。だが、「まるで事務連絡のように数字を並べた説明でした。患者の気持ちに寄り添い伝えてほしかった」と振り返る。

 がん患者の精神的ケアを行う同病院の内富庸介・精神腫瘍(しゅよう)学開発部長は語る。「医師は患者が黙り込む『沈黙』の重苦しさが怖い。衝撃の波紋が収まるまで待てず、聞きなれない医学用語のマシンガントークで沈黙を埋めようとしてしまう」

   *

 がん告知は患者にとっても医師にとっても難しい。しかし、「告知は『した方がよい』でなく、どんな患者にも絶対しなければならない」。新松戸中央総合病院の熊沢健一外科部長は断言する。

 以前は告知に消極的だった。医師の「がんじゃない」の一言が、患者に生きる望みを与える。そう信じていた。気持ちが変わったのは11年前。進行が早いスキルス胃がんのため41歳で亡くなった妻育子さんの主治医を務めた体験からだ。

 死と向き合い、小学生だった3人の子どもともしっかりお別れをさせてあげたい--。家族の最良の最期を考えた結果、病名と余命を告げた。育子さんは「告知のおかげで本音が言えて、死ぬ準備もできた」と感謝の言葉を残し、約4カ月後に息を引き取った。

 熊沢部長は「身内のがんで初めて、大切なのは告知後の生き方と気づいた。告知は思い残すことのない幸せな死を迎える出発点なのです」と話す。

   *

 佐藤昂(あきら)さん(66)=横浜市青葉区=が悪性リンパ腫と診断されたのは、働き盛りの56歳だった。35歳で日本マクドナルドから日本ケンタッキー・フライド・チキンに引き抜かれ、当時は専務だった。

 人間ドックのエコー検査で腹部に影が見つかり、PET(陽電子放射断層撮影)を受けた。「90%の確率で悪性腫瘍です」。巡回先の店の電話で検査結果を聞いた。平静を装ったが、頭の中は「真空状態」だった。

 悪性リンパ腫は進行は遅いが完治は難しく、「再発の場合は余命7~9年」とも告げられた。手術で腫瘍を摘出し、3カ月の放射線治療後、いったんは治ったかと思われたが、約1年後に首の右側で再発した。その後も数年おきに場所を変えて次々再発。07年、同社顧問を辞め、通院して抗がん剤治療などを続けている。

 「告知でがんと正面から向き合い、残された時間にやることを真剣に考えた。そこには仕事人間の想像を超えた豊かな人生があった」と佐藤さん。それまでは目もくれなかった道端に咲く花の美しさや、楽しく話しながら集団登校する小学生の可愛らしさに胸打たれ、水彩画のスケッチや旅行にも積極的に出かける。

 がんとの共生も11年目を迎えた。「がんにならないに越したことはない。でも、再発を繰り返しても充実した人生を送れることも知ってほしい」

   *

 「2年生存率は40%程度でしょう」。2年前の夏、母の末期がん告知を受けた時の絶望感は今も忘れられない。家族や友人、そして自分も……誰もががんと無縁では生きられない時代。かけがえのない人生の残り時間を伝える告知の意味を改めて考えてみたい。【清水優子】

 ◇自分だったら…「告知希望」91%

 がんは81年以降、日本人の死亡原因の1位。毎日新聞が07年に行った世論調査では、自分ががんになった場合に告知を望む人は91%で、治る見込みがない場合でも79%と多数を占めた。理由は「残された時間を真剣に生きたい」37%、「自分や家族の問題を整理したい」31%、「自分の病名を正しく知りたい」24%--など。一方、厚生労働省の研究班(主任研究者=松島英介・東京医科歯科大准教授)が1499病院から回答を得た06年調査では、がん患者本人に病名を告知したのは66%だが、余命の告知は30%どまりだった。

 愛知県がんセンター研究所の田中英夫疫学・予防部長らが、1978~94年にがんと診断された2万3979人を対象に実施した調査では、診断後1年未満での自殺による死亡率は、一般の人の約2・7倍に上った。田中部長は「告知後1年未満は心理的につらい時期。病状の丁寧な説明や心理的サポートが求められる」と話している。

毎日新聞 2008年12月23日 東京朝刊

検索:

サイエンス アーカイブ一覧

 
みんなで決めよう!08年重大ニュース

特集企画

おすすめ情報