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海と生きる・広島湾:第3部/上 島の常駐医師 /広島

 豊かな海の恵みと生きてきた広島湾の島は、過疎化や地域振興などの課題をそれぞれ抱えている。暮らしの現場を訪ねてみた。

 ◇「先生が来てくれた」 島民320人、命守る最前線--25年ぶり

 大竹港(大竹市)からフェリーで約30分。約8・5キロ沖に浮かぶ阿多田島に、25年ぶりとなる常駐医師、林重三さん(65)が赴任して半年近くになる。

 インフルエンザが流行する季節、ソファが二つしかない診療所の待合室は込み合っていた。多い日は1日40人が訪れ、立って順番を待つ人もいる。「てんてこまいですわ」。林さんは苦笑する。

 島民約320人の3人に1人は高齢者。林さんが7月に着任する以前、風邪をひいても、週1回の巡回診療を待つか、船で対岸に渡るしかなかった。

 月2回、診療所に通う大倉時枝さん(72)は「先生が来てくれて、安心感が違います」と喜ぶ。5年前に脳梗塞(こうそく)で倒れ、今も左半身が不自由だ。ひざに血栓ができた時は、次男の久登さん(49)が月1回、仕事を休んで対岸の病院に通った。診察代のほかに、船賃やタクシー代で往復3000円。負担は重かった。

 林さんは京都の病院長を退職して、離島での医療の道を選んだ。移り住むと、「海」という壁を実感する。漁船をチャーターして救急搬送すると、自己負担は2万円が相場。「本土なら救急車は無料。不公平です」

 本土搬送の判断も迫られる。これまでに約10回、夜間呼び出しがあった。船から落ちた男性がひじの動脈を切ったときは、出血を止める初期処置をして救急搬送した。「出血死の恐れもあった」と振り返る。

 島民待望の診療所は、在日米軍再編と密接にかかわる。西に岩国基地(山口県岩国市)を臨む島は、米軍機が飛び立つと空気が震える。14年までに空母艦載機59機が移駐予定で、島民は騒音被害の増大を不安に思う。2年前、基地増強を容認した大竹市には、協力の見返りに国が交付金を支出する。そこから診療所の運営基金2億1000万円を積み立てる方針。騒音の我慢と引き換えになった形だが、林さんは「本来はこうした交付金ではなく、国が僻(へき)地医療にしっかり対応すべきだ」と指摘する。

 X線検査機器などを備えた診療所の一角には、温熱器やマッサージ器などを置いた畳の部屋もある。「住民の憩いの場になれば」という林さんの要望で設けられた。一服の楽しみは、仕事を終えた後の釣り。島の人々が師匠だ。安全保障という国家の意思に揺れる島で、ベテラン医師は懸命に島民を支えようとしている。【大沢瑞季】

毎日新聞 2008年12月24日 地方版

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