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社説

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佐藤首相発言―核をめぐる政治の責任

 首相として「非核三原則」を定め、ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作氏が、米国に対して有事の際に核兵器を使う保障を求めていた――外務省が公開した外交文書で、こんな意外な事実が明らかになった。

 佐藤氏が首相に就任したのは1964年11月。その1カ月前、東京五輪のさなかに中国が初めての核実験をし、日本や世界に衝撃を与えていた。

 首相就任直後、佐藤氏がライシャワー駐日米大使に「相手が核を持っているのなら、自分で核を持つのも常識だ」と、核保有を示唆したことはすでに明らかになっている。だが、その1カ月後の訪米で一転、「日本は核の保有、使用はあくまで反対」と、核武装の意図を明確に否定した。さらに「(日中が)戦争になれば、米国が直ちに核による報復を行うことを期待している」と、核の傘による抑止力を求め、米政府の了解を得ていたのだ。

 こうしたやりとりは、一切表に出されなかった。広島、長崎の被爆の記憶が生々しい国内世論に配慮し、刺激的すぎるとの判断からだろう。中国の核武装は現実的な脅威だった。核不拡散条約(NPT)もなかった。そんな中、佐藤氏が米国を相手にしたたかな外交を展開していた姿がうかがえる。

 それから40年余り。日本は核とどう向き合っているだろうか。

 インド、パキスタンなどへ核兵器は拡散し、NPT体制は極めて厳しい状況に直面している。2006年の北朝鮮の核実験は中国の実験と同様、日本社会を揺さぶった。日本政府の主導で毎年、国連で核軍縮決議が採択されているが、米国はインドの核保有を事実上受け入れる原子力協定を結び、日本なども容認せざるを得なかった。

 その一方で、米国務長官を務めたキッシンジャー氏らかつての核抑止論者が昨年、「核兵器のない世界を」と提言した。核拡散の危うさが現実のものだと認識されてきたのだ。

 それなのに、日本国内の関心はむしろ薄れていないか。北朝鮮の核放棄は検証の段階で足踏みしている。しかし、拉致問題に比べると、核放棄を迫る日本の対応についての議論はいまひとつ盛り上がらない。逆に、核保有論のような合理性に乏しい主張が政治家の間からさえ飛び出す。

 佐藤氏は訪米から3年後、国会演説で「非核三原則」を打ち出す。核兵器を持つことが、日本の安全にも日米安保にも寄与しないという結論に達したためだ。国民の強い反核感情も背景にあった。

 時代は移り、世界は複雑さを増した。当時以上に冷静で現実的な議論と対応が求められる。情緒で核を語るのは愚かしいことだ。佐藤首相の発言に関する資料は、政治に課せられたそんな責任を思い起こさせてくれる。

NHK新委員長―公共放送の責務を体して

 NHK経営委員会の新しい委員長に、福山通運社長の小丸成洋(しげひろ)氏が決まった。NHKの最高意思決定機関のトップとして、公共放送のあるべき姿を見据えた委員会運営がその肩にかかっている。

 経営委員会はNHKの経営の基本方針や予算、事業計画を決め、会長以下の執行部を監督する。制作費着服など不祥事が相次いだことで放送法が改正され、春から権限が大幅に強まった。

 古森重隆前委員長は、執行部の決定を追認する組織から、「もの言う委員会」への転換を強く推し進めた。執行部の抵抗を押し切って、12年度からの受信料10%値下げを中期経営計画に盛り込んだことは象徴的だった。

 肥大化したNHKを一層スリムにするために、小丸氏にも執行部との緊張関係を引き続き維持してもらいたい。

 ただ前任者を見習ってもらっては困る点もある。公共放送としての報道や番組の内容に、不当に口を出したことだ。古森氏は海外向け放送について「国益を主張すべきだ」と述べたり、番組への政治介入ともとれる発言をしたりして問題になっていた。

 予算などの決定に国会承認が必要なため、NHKは常に政治との距離が問われている。そのことを改めて強く意識してもらいたい。

 NHKではこのところ、記者らによる株のインサイダー取引など視聴者の信頼を裏切る問題が次々に起きている。一方で、ゴールデンタイムの視聴率が首位になるなど、番組は好調だ。不況で民放が経営に苦しむ中、受信料で安定した運営ができるNHKが担うべき責任はますます重くなっている。

 小丸氏はすでに経営委員を4年半、務めている。委員長就任の記者会見では、中期経営計画の実行が当面の目的だと繰り返したが、NHKのあり方を問われると「公平公正」「自主自律」といった言葉を並べただけだった。

 視聴者の信頼に応える公共放送の経営をどう支えようとしているのか、もっと明確な考えを聞きたい。

 権限が強まったことで、経営委員会のあり方も見直す必要がある。

 委員は、教育、文化、科学、産業などの各界と各地方から選ばれた有識者が、国会の同意を得て首相から任命される仕組みになっている。本来は12人いるはずだが、今回の委員長選出に参加したのは9人だけだった。政府提出の人事案が参院で不同意になり、3人欠員のままだったためだ。

 この異例の事態で、経営委員が密室で選ばれているという問題が改めて注目された。ある委員経験者は「なぜ自分が選ばれたのか総務省から説明もない。不明朗に感じた」と言う。

 みんなで支える公共放送である。総務省は、委員の選考過程が視聴者にも見える仕組みをぜひ検討してほしい。

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