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金融危機と中央銀行 Central Bakns and the Financial Crisis 急変した景気、シナリオは狂った

[Part2]「ミクロの神経戦」コンマ2ケタをめぐる動き

日銀の執行部(総裁、副総裁、金融政策担当の事務方幹部)が、利下げの検討を始 めたのは、政策決定の1週間ほど前にさかのぼる。
金融市場の動乱は、日本にも深刻な影響を及ぼし、10月24日には、為替相場は13年ぶりに一時1ドル=90円台を記録。28日には、日経平均株価が一時7000円を割り込んだ。

欧米各国の中央銀行が10月8日に一斉に「協調利下げ」をした際、日銀は金利引き下げを見送った。 だが、その後も円高や株安が進み、経済指標が急速に悪化するのをみて、 白川は金利引き下げへの意向を固めていく。

そこに、思いもよらなかった発言が飛び出す。
経済財政担当相の与謝野馨が10月28日の記者会見で「各中央銀行が(政策金利を) 下げたときに、日本もそれに伴って下げるというのは、国際協調の重要な証しをたてるという意味では大事だろう」 と発言したのだ。
多くの市場関係者は、政治から日銀への「利下げ圧力」だと受け取った。

「今度は日銀の番だ」

そうでなくても、利下げを促す空気は広がっていた。政府は、定額給付 金を含む27兆円規模の追加経済対策をまとめつつあった。財務省幹部は、 「今度は日銀の番だ」と漏らした。

翌29日、日本経済新聞が朝刊の1面トップで、日銀が0.25%幅の利下げを軸に検討していると報じ、 市場は一気に利下げを織り込んでいく。

「ミクロの神経戦」 コンマ以下2けたをめぐる動き
10月31日、日銀が金利の引き下げを決めた「金融政策決定会合」。日銀本店の会議室で、10人が円卓を囲んだ。左から、亀崎英敏・審議委員、野田忠男・審議委員、西村清彦・副総裁、山口広秀・副総裁、白川方明・総裁、竹下亘・財務副大臣、宮沢洋一・内閣府副大臣、須田美矢子・審議委員、水野温氏・審議委員、中村清次・審議委員

白川は29日から30日にかけて、審議委員一人一人に対して「利下げ幅0.2%」の腹案を内々に伝えた。 日銀に限らず、FRBなど海外の中央銀行でも、政策変更に先立って、総裁や執行部が、委員と議論することはよくある。会議でいきなり案を示されても、委員たちは考えをまとめる時間もないからだ。事前の議論で、反対票が減るケースもある。

白川の前任の総裁、福井俊彦の時代には「執行部は最低6票の賛成を取る確 信がないと提案しない」という不文律が働いていた。白川は、腹案を伝える中で、自分の意見への同調は求めなかった。執行部もきちんとした「票読み」をしなかった。
29日から、日銀幹部とマスコミ各社との接触が禁じられる「ブラックアウト」期間に入っていた。金融市場は執行部の案を知らず、0.25%下げを想定している。その予想を覆せば市場に失望感が広がる恐れはあった。しかし、白川らはコンマ2ケタの「ミクロの神経戦」を何とか乗り切る。

白川ら執行部は、この時点では、0.3%の政策金利をできるだけ長く、維持するつもりでいた。
市場金利の下限を0.1%に設定したものの、ゼロ金利に近づけば近づくほど、 市場の取引が不活発になる。金融取引にかかる手数料などのコストを回収できないと、市場で資金の出し手が姿を消すおそれもあった。
ゼロ金利が続けば、日銀が銀行に対して資金を配分するような金融市場になる。白川らは、06年まで数年間、まともな金融取引が成立しない「社会主義的市場」を目の当たりにした。そんな姿に再び戻したくはない。企業金融を円滑にするために思い切った手を打ち、利下げは避けたいと思っていた。
ところが、12月に入って、景気はさらに坂道を転がるように落ちていく。

国内外の自動車の販売は不振を極め、日銀のアンケート調査で大企業製造業の景況感は34年ぶりの大幅な悪化。さらに、日本時間の17日、FRBが、政策金利をほぼゼロに引き下げ、その後一時1ドル=87円台まで円高が進む。

政府からの「風圧」も強まった。今度は与謝野だけでなく、首相の麻生太郎、官房長官の河村建夫も、金融緩和の合唱に加わる。10月末と同じように、市場は利下げを織り込んだ。
日銀が利下げしなければ、さらに円高や株安が進み、日本経済に打撃を与えかねないとの見方も広がる中、審議委員たちは次々と利下げ論に傾く。

直前まで利下げに反対

白川は粘った。
12月18日、2日間にわたる金融政策決定会合が始まっても、利下げを見送る心づもりでいた。日銀出身の副総裁、山口広秀も同じ考えだった。
初日は、具体的な金融政策に深入りしないのが通例。白川や山口は夕方に会合が終わると、審議委員たちと再び議論を重ねた。しかし、多くの審議委員は利下げ論を崩さない。
もし、執行部が金利維持を提案すれば、10月末に続いて「4対4」の決着になることが濃厚だった。

金融政策をめぐって、連続して異例の「議長裁定」になるような事態は避けたい。そんな気持ちが執行部に広がった。白川はその夜、「0.3%維持」を断念する。
翌19日。賛成7反対1の賛成多数で議決。白川の「真意」は封印して、再利下げは決まった。

(文中敬称略)

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