公開質問状

宮城県知事 村井嘉浩様 現在、自然史博物館において宮城県が後援する「人体の不思議展」が開催されております。私どもはその展示を拝見いたしましたが、展示されている人体標本の由来や展示方法などの展示内容に疑問を抱くようになりました。 その疑問にお答えいただきたく、以下、公開質問状という形をとって質問いたします。

<人体標本の由来について>

1、展示会場の掲示や「人体の不思議展」のホームページでは、「本展で展示されているすべての人体プラストミック標本は、生前からの意思に基づく献体によって提供されたもの」とうたっております。 しかし、ご本人とご遺族はこのような展示標本となることに、書面をもって承諾の意思を示しておられたのでしょうか。 現在の日本では、「医学及び歯学の教育のための献体に関する法律」(以下「献体法」と略す)において、献体の意思を尊重し、死亡した者が献体の意思を書面で示しているならば、「遺族がその解剖を拒まない場合」と「死亡した者に遺族がない場合」との2点に限定して、正常解剖は「遺族の承諾を受けることを要しない」ことが認められています(献体法第4条)。しかし、これは医科・歯科大学(大学の学部を含む)の教育に関する法律であって、一般市民に有料で公開される場合を想定したものではありません。 ご本人やご遺族は、不特定多数の一般市民に有料で公開されることに関して具体的な説明を受け、納得して承諾しておられたのかどうか疑問が残ります。このような不審な点があるにもかかわらず、後援された理由をお答え下さい。

2、展示標本の中には、胎児の標本が数点ありました。胎児の意思は、どのようにして確認されたのでしょうか。胎児の身体の利用に関しては、いまだ社会的合意は得られておりません。このような展示をなぜ後援されたのでしょうか、この理由をお答え下さい。

3、「人体の不思議展」の主催者のひとつである株式会社日本アナトミー研究所の安宅克洋氏は、標本は中国の南京蘇芸生物保存実験工場から借り受けたものであると言われています(『週刊現代』48-22,通巻2381,2006年6月17日)。 現在の中国における臓器移植のドナーは、死刑囚が多く、本人や家族の同意を得ないでドナーとなっているという指摘があります。このため、標本への人体の供給に関しても、同意を得る手続きに関して疑問が残り、不透明性がぬぐいきれません。このような現在の中国における人体の流通事情に鑑みると、中国で加工された人体標本を展示で使用するのは、倫理的に問題があるとお考えになりませんか。この点について明確にご見解をお示し下さい。

<展示方法について>

4、展示標本の中には、弓を持ったポーズをとった死体、プレート状に水平にスライスされた死体、さらには見学者が直接に触れられるものまであります。  すべての人は、死後遺体となっても人間としての尊厳が守られるべきであると思います。医学研究や教育の目的で遺体を使用する場合は、最大限の丁重な扱いをするのは当然です。死体解剖保存法第20条は「死体の解剖を行い、又はその全部若しくは一部を保存する者は、死体の取扱いに当つては、特に礼意を失わないように注意しなければならない」とうたっています。医学的知見が広く市民が提供される際にも、同様の配慮は不可欠であると思います。 「人体の不思議展」の展示方法は、死者に対して礼意を欠いているとはお考えになりませんか。この点について、明確にご見解をお示し下さい。

5、「人体の不思議展」のホームページ上の、展示の趣旨説明では「人体標本を通じて『人間とは』『命とは』『からだとは』『健康とは』を来場者に理解、実感していただき、……」と述べられ、人体に関する知識の啓蒙を強調しています。 しかし、特殊加工によって水分・脂肪分をそぎ落とされた標本は、ロボット風の無機的物体になってしまっています。その姿は、有機的で統合性のある人体のリアリティにはほど遠いものです。したがって、人体に関する知識の啓蒙をうたっている展示にもかかわらず、実際には人体に関する誤った印象を発信しているのです。 このようなデフォルメされた人体の展示は、アニメやゲームの世界との距離のとり方が未成熟な幼児や小中学生に対する悪影響が特に懸念されます。これについてどうお考えでしょうか。 宮城県は、「人体の不思議展」の後援者として説明責任があります。上記5点につきまして、明確にお答え下さいますようお願い申し上げます。 私どもは、「人体の不思議展」は人間の尊厳を脅かすものであり、生命倫理上ゆるがせにできない大きな問題であると考えています。ぜひ県民の前にご見解を明らかにされることを強く願っております。 なお、以上の質問につきましては、9月10日までにご回答をいただきますよう、お願い申し上げます。

2006年8月24日                                                                                
                               「人体の不思議展」に疑問をもつ会
                                              

                                                                                       代表 刈田 啓史郎(東北大学元教授、生理学)

                                                                                               一戸 富士雄(みやぎ近現代史を考える会) 

                                                                                               興野 儀一(医師)

                                                                                              村口 至(宮城厚生協会前理事長・医師)  

                                                                                                末永 恵子(福島県立医科大学講師、生命倫理)