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論壇:この1年 中西寛さん、武田徹さん、加藤陽子さんの3氏が語り合う

 論壇は、激変する状況を前に、自らもその姿を大きく変え始めたのではないか。1年間を、福田政権崩壊など内政、金融危機など国際問題、論壇の変化の三つに分け、毎月の「雑誌を読む」執筆者、中西寛・京大教授(国際政治学)▽加藤陽子・東大准教授(日本近代史)▽ジャーナリストの武田徹氏に語り合ってもらった。【構成・鈴木英生、写真・内藤絵美】

 ◇同じでない2首相投げ出し--加藤さん

 ◇小泉旋風の吹き戻しに遭った--中西さん

 ◇支持する世論なく政策挫折--武田さん

 ◆福田首相辞任と内政

 加藤 同じく2世で、同じく改造内閣を投げ出したことだけで、福田前首相の退陣と安倍元首相退陣を同じもの、あるいは反覆と見る議論は正直、芸がない。健康問題での退陣と、選挙を想定した与党内政治の不協和音ゆえの退陣とでは違いがある。消費者庁、人事庁、公文書管理庁の三つを生活者の立場から統合しようとした福田氏の構想は注目すべきものだった。白石均氏の論考がこの点で光る。

 中西 安倍、福田両政権の「投げ出し」を分けて考えるべきという話は同感だ。安倍氏は、日米関係がきしんだうえ、閣僚スキャンダルや参院選の敗北があり、最後に健康問題で辞めた。福田氏の場合、大連立協議が戦略的失敗だった。個々の政策でのアイデアはあったが、ビジョンとして何がやりたいか見えなかった。

 ただ、2人とも、小泉旋風の吹き戻しの被害者という点では共通。小泉氏は郵政選挙で大勝後、1年で「潔く」辞めた。安倍氏は、遺産である衆院絶対優位に頼りすぎ、福田氏も小泉氏が作った官邸主導体制をうまく修正できなかった。

 武田 福田氏は最近では珍しく歴史志向が強い首相だった。公文書管理を「将来に向けた公共事業」と述べた発言などがその典型だ。具体的目標を拙速に唱えた安倍政権の轍(てつ)こそ踏まなかったが、消費者庁設置のように長い時間スパンで政治の質を変える政策を打ち出しても、支持する世論がもはや存在していなかったのは不幸だった。

 加藤 田母神論文が話題だ。同氏は、条約や国際法によって承認された日本の権益を、中国が不法に侵害したので日本はやむなく日中戦争に「引きずり込まれた」のだと書く。日本の合法性と中国の不法性を対比させる論法は満州事変前の軍のプロパガンダと同じ。だが、日本側と中国側が考える条約の内容には元来ズレがあった。

 また、同氏は太平洋戦争を「愚劣な戦争」とすると戦死者を「犬死に」とみなすことになると批判する。だが、吉田満『戦艦大和ノ最期』に登場するある青年士官は「日本は進歩を軽視しすぎた。敗れて目覚めるため、先駆けて散る」との覚悟を語ったのちに戦死する。ここから分かるのは、間違った戦いだからこそ、敗北して国家と民族の再生を図るという考え方であって犬死にではない。

 武田 田母神論文は管理職の恨み言のようにも感じた。一般の隊員にとって自衛隊は大型自動車運転免許など除隊後の生活手段となる資格を取る場所。こうして健全に生きたがる部下に国のために死ぬ尊厳を説いても通じない。そんな焦りが別方向に噴出した論文だったのでは。

 中西 自衛隊は憲法上の位置づけがあいまいだから、自衛官は「憲法に忠誠を誓う」と思いにくい。だから「正しい歴史観」にひかれる。この話は、テロ特措法の延長問題にもつながる。筋論で言えば、日本もアフガニスタン現地で平和構築にかかわる方がいい。しかし、もし現地に自衛隊が行けば、生死をかける可能性が十分ある。万一のときに立派な死として報われないなら、指揮官としても送り出せないという論理がある。

 ◆金融危機と国際問題

 中西 金融危機では、過去20年間の金融のグローバル化をドルとアメリカの購買力で支える仕組みがつぶれた。当初はアメリカ型経済の失敗とされたが、ヨーロッパやロシアなどでも事態は深刻だ。これからは、今後の資本主義をどう考えるかという根本的な議論が出るだろう。

 武田 原油や食糧の投機対象化を暴走させた背景には、中国やインドの人口増がエネルギー危機や食糧危機を招くという「通説」があった。金融危機に懲りた大衆社会は、そうした通説の再検証という堅実な方向には行かず、資本主義システムそのものへの嫌悪感、不信感を高めているように思う。殖財の一切を嫌い、断固として普通預金しか使わないなど、資本主義経済自体から降りてしまう人が増えるのではないか。

 中西 米大統領選も、最終段階で金融危機が決定打になった。本質的にはレーガン政権から続いたベトナム戦争後のイデオロギー対立が清算されたとも取れる。少なくとも、変化の時代に新しい指導者を選ぶという意識が勝利した。

 加藤 民主党勝利となると、日本の頭越しに中国とアメリカの提携が進むことへの危機感が右寄りの論壇を中心に語られるのではないかと思ったが、今回は落ち着いていた。大統領選自体も、久保文明氏や渡辺靖氏らが、人種対立ではなく社会の統合化の方向をとらえた議論をしていて、非常に良かった。

 ◇論壇に若手が台頭--武田さん

 ◇世代横断的議論を--加藤さん

 ◇社会科学は人材難--中西さん

 ◆論壇と論壇誌の変化

 武田 論壇の潮目がついに変わった感がある。まず若手の本格的台頭があった。オウム真理教事件以後の文化状況を思想史的に検討した『ゼロ年代の想像力』の宇野常寛氏、国民的作家を対象とした世代横断的に通用する論証「宮澤賢治の暴力」で、昨年末に新潮新人賞を獲得した大澤信亮氏に期待したい。

 ブログ論壇も注目を集めた。まだ相互に言及し合うコミュニケーションツール的性格が強く、議論が拡散しがちだが、その弱点を克服できるか見守りたい。

 一方で紙媒体では若手論壇人に発言させ、ブログ論壇もフォローして先見性を感じさせていた『論座』が真っ先に休刊してしまう逆説があり、ノンフィクションの『現代』も後を追った。むしろ既存論壇を死守する総合誌が残ったが、死ぬ気で守るつもりが、守りつつ死ぬことにならないか心配。

 一同 (笑い)

 加藤 世代横断的なものは確かに重要だ。ポピュリズムの時代に、ポピュラーの時代の遺産をどう引き継ぐか。『en‐taxi』には、立川談志氏や角川春樹氏の言葉を次代へと引き継ごうとの意志を感じる。『SIGHT』は、ロック評論の渋谷陽一氏の編集だが、ここで藤原帰一氏や酒井啓子氏らの論考に会えるのは得がたい。『プレジデント』の読書特集も、日本生命の宇野郁夫会長から若いIT社長まで、意表をつく深みがあった。『文芸春秋』は、戦艦大和特集と若者の貧困問題をあえて並べた。この雑種性が良い味を出している。

 中西 伝統的な論壇誌の中で生き残っているのは、固定的読者がいる雑誌が多く、本来の論壇らしい対話はない。他方、新しい書き手もブログ論壇も、社会に対するインパクトは、かつての論壇ほどではない。ただ、新しい感覚の雑誌も徐々に増えているので希望を持ちたい。

 加藤 若手で気になるのは、国際関係の議論が少ないこと。

 中西 社会科学系の論壇での書き手や政治家の人材供給が細っている。社会科学の新人は編集者が探さないといけないし、2世や官僚出身者ら以外で政治家になろうという人も少数だ。

 武田 社会全体が「そうだよね」の共感や「空気が読めないヤツだ」という反感で動く傾向を強めている。政界も例外でなく、政治家の質が落ちてゆく。

 中西 文芸系で若い書き手が登場したように、日本全体では人材もいる。彼らがおしなべて政治への期待を失っているのは不幸だ。政治抜きで事態が好転することはないのだから。

 ◆編集部から

 国中に漂うこの空虚さは、何なのでしょう。社会全体を論じ、影響力を持つ論壇は、もう無理なのでしょうか。抜け道も、雑誌休刊がふさいだかのようです。だが今年も、全体性への志向とでも言うべきものを失わない若手が、何人か登場しました。せめてそこに、希望を見いだしたいものです。【鈴木英生】

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 ◆注目の3点

 ◇加藤陽子さん

(1)今度こそ公務員制度は変わるのか(白石均)=Foresight5月号

(2)座談会 オバマはアメリカを変えられるのか(久保文明、中山俊宏ら)=外交フォーラム4月号

(3)「金融立国論」批判--日本経済の真の宿痾(しゅくあ)は何か(大瀧雅之)=世界3月号

 ◇中西寛さん

(1)危機後の世界で覇権を握るのは誰か(田中直毅)=中央公論2月号

(2)資源バブルは間もなくはじける(ビル・エモット)=Voice9月号

(3)政体の末期に人材が払底するのはなぜか(野口武彦)=中央公論12月号

 ◇武田徹さん

(1)免罪符商法でミニコミ化する論壇誌に告ぐ(宇野常寛)=論座5月号

(2)「ネット住民」はいない?(荻上チキ)=中央公論10月号

(3)いまの心境とは何か(綿井健陽)=論座10月号

毎日新聞 2008年12月11日 東京夕刊

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