弁護側の被告人質問に「人よりも物と見ていた」と答えた。19日の福岡地裁304号法廷。65歳の寝たきりの夫に十分な食事を与えず、床ずれの傷口から感染した細菌で死なせたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われたパート従業員の妻(55)の言葉に、廷内の誰もがショックを受けた。
事件は今年5月下旬、福岡市中央区の市営住宅で起きた。すし職人だった夫は2003年にうなぎ屋をリストラされて以来、自室にこもって酒浸りの日々。夫婦関係は冷え切った。夫は両足の筋力が急速に衰え、翌年には胃がんの手術を受けて退院したが、既に自力歩行が困難な状態だった。
トイレや入浴に介助が必要だが、妻はかかわらなかった。家の中が汚れたが「部屋にこもった夫の自業自得。どうして私がこんな目に遭うのか」と掃除を放棄した。
4月下旬、夫に異変が起きた。妻は結婚して別の家に住む娘にメールを送った。「隣(夫)が動かない」。だが、娘は手助けしてくれなかった。
ベッドの上から動けない夫。妻は冷凍食品のたこ焼きやオムレツを皿に乗せ、ベッドの脇のテーブルに数日に1回、夫の姿も見ずに置いた。食べたかどうかも確認せず、このままでは死んでしまうと分かっていたが、救急車は呼べなかったという。「世話していないことがばれるから」
夫が亡くなる前日、夫は部屋で「あー、あー」とうめいていた。うめき声は数時間続き、やがて消えた。翌朝、夫は目と口を開いたまま冷たくなっていた。27年間、同じ屋根の下で暮らした夫婦の哀れな末路だった。
この裁判は19日に結審し、検察側は懲役6年を求刑した。判決は12月17日。
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来年5月に裁判員制度がスタートする。これまで裁判に縁のなかった市民も裁判所に足を運ぶことになる。法廷で何が起きているのか。記者が随時伝える。
=2008/11/20付 西日本新聞朝刊=