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社説:産科補償制度 一歩前進だが課題も多い

 お産の時の医療事故で、重度の脳性まひになった赤ちゃんが速やかに補償を受けることができる「産科医療補償制度」が来年1月からスタートする。医療事故の早期救済と同時に、原因を究明し再発を防止することが狙いだ。多くの人が安心して子供を産める仕組みとして積極的な周知を図って社会に定着させることが大事だが、新しい制度には課題も多いと指摘しておきたい。

 新制度のポイントは「無過失補償制度」の創設だ。通常の分娩(ぶんべん)で、医師や医療機関に過失がないのに脳性まひとなった場合に患者や家族に一時金600万円と毎月10万円の分割金が20年間支払われる。補償金は計3000万円となる。

 新制度を導入した背景には、出産時の事故によって訴訟が増えており、それが深刻な産科医不足を招いているという事情がある。診療科目ごとの訴訟件数をみると、産科医が圧倒的に多いのが特徴で、産婦人科訴訟の中では脳性まひが大部分を占めている。

 厚生労働省は、赤ちゃんと家族を早期救済することで医療機関との紛争が解決できれば、産科医の負担が軽減できるという。さらに、専門的な立場で事故事例の原因分析を行い、その情報を整理・蓄積して公開し、再発防止にも役立てることが新制度の大きな柱だ。これまではそれができなかったからだ。

 新しい仕組みは国の制度ではなく、民間保険を活用する。医療機関は分娩にかかる費用35万円に加え、新制度の保険料として3万円を妊婦に請求し、この保険料から民間保険会社が重度の脳性まひ児の家族に補償金を支給する。健康保険組合は後日、38万円の出産育児一時金を妊婦に支払う。

 なぜ、民間保険なのか。この点は多くの人が感じる疑問だろう。厚労省は「補償対象を訴訟が一番多い脳性まひに絞って、早急に制度を発足させるためには民間の力を使った方がいいと判断した」と説明しているが、これだけでは分かりにくい。今後、制度を運用する中で、民間保険を活用することの功罪をきちんと検証し、さらに保険料と補償額の差額(余剰金)がどのくらいになるのが適正なのか、などについても精査したうえで、5年後にはしっかりと見直す必要がある。

 課題はまだある。なぜ、重度の脳性まひに補償を限定するのか、なぜ先天性の脳性まひは補償対象としないのか。内科や外科でも無過失補償制度をなぜ創設しないのかなど、さまざまな問題や疑問が残されている。

 補償制度の中身や疑問点、そして多くの課題について、政府や医療機関は妊婦やその家族に丁寧に繰り返し説明すべきだ。国民に十分な説明を怠れば、大混乱を招くことになる。

 多くの問題はあるが、新制度を「安心の医療」に向けた大きな一歩にしたい。

毎日新聞 2008年12月17日 0時08分

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