「20年間、お疲れ様でした」
12月6日、栄村文化会館で開かれた講演会「栄村を学ぶ集い」。アマチュアカメラマンの前沢淑子さん=元東京民医連事務局次長=が、前村長の高橋彦芳さん(80)に花束を手渡すと、会場から割れんばかりの拍手が送られた。「自立の村づくり」で、全国的に知られた名物村長。引退した彼の哲学を学ぼうと、約150人が聴き入った。前沢さんは実行委のひとりだった。
集いでは、近隣住民がすぐに介護に駆けつけられる「げたばきヘルパー」▽高齢者世帯に除雪サービスをする「雪害対策救助員」など、互助精神に満ちた村政が紹介された。「超高齢化」が進む村で、高齢者が元気に安心して暮らせる秘密がそこにあった。
村スキー場のレストラン。懇談会を終えると、島田茂樹村長が前沢さんに近寄り、手を差し出した。
「村のことを頼むよ」
市川俊夫医師の後任探しの件だった。
「私だって、見捨てるわけにはいかないんだから」
村に老医師を呼び寄せた立役者が、しっかと握り返した。
国保連の医師紹介センターを通じて募集しているが、最後の頼みは、人と人のつながりなのだ。
◇ ◇ ◇
前沢さん夫婦は翌7日、市川医師を車に乗せて、秋山郷にある鳥甲(とりかぶと)牧場を訪れた。一面銀世界。陽光を浴びて樹氷がきらめく。
前沢さんが携帯電話を取り出し、東京・世田谷に住む市川医師の元教え子、古川栄子さんにダイヤルした。つながると、市川医師と代わった。
「次の先生が来られなくなったそうですね」
「僕はともかく、村が一番困っているよ」
「あら、先生だって、交代が来るまで帰られないじゃない」
「仕方ないよな。1、2カ月くらいはさ」
市川医師の笑い声を聞いて、栄子さんは少しホッとした。
師走の青空と真っ白な山々のコントラスト。そこには懐かしい古里の原風景があった。
◇ ◇ ◇
この時期になると、診療所はインフルエンザの予防接種を受けに来る患者でひっきりなしだ。路面凍結によるけがを心配し、老医師が住む宿舎に役場の車が迎えに来るようになった。ただ、11月の初雪以来、村中心部では雪は見られず、その日に備えて買った長靴も出番がないままだ。
「もっと雪が降ると思っていたけれど、温暖化のせいかなあ。暖かいねえ」。23日のスキー場開きには間に合うかどうか。コーヒーで一息つきながら、ブラインド越しに窓の外を見つめた。
父の故郷で過ごす2度目の冬。凍える寒さを乗り越えれば、雪解けと共に、村民が待ち望む春がやってくる。
冬来たりなば春遠からじ。「赤ひげ医師」が白衣を脱ぐ日は、まだ先になりそうだ。=おわり(この連載は大平明日香が担当しました。ご意見、ご感想をお寄せ下さい)
毎日新聞 2008年12月13日 地方版