ドルはポンドの轍踏むか、19世紀の危機が示唆する危機後の秩序

2008年 12月 11日 17:09 JST
 
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 [東京 11日 ロイター] グリーンスパン前米連邦準備理事会(FRB)議長は、今回の金融危機を「100年に1度あるかないかの深刻なもの」と評したが、今回に類似する一連の出来事、つまり自由な資本移動(グローバリゼーション)、資本が過剰流入した国でのバブル造成とその破裂、金融危機、中央銀行による救済は19世紀後半の英国を震源地に既に一度起きている。

 この時、危機後の世界では、資本規制が導入され、国家の経済への介入が増し、保護主義の波が押し寄せ、2度の世界戦争が勃発した。また英ポンドの地位は低下し、ドルが台頭した。

 現在の金融危機は、1980年代から始まった第2次グローバリゼーションの下で起きており、国家の経済介入は日増しに強まりつつある。今後は、保護主義の機運が高まるか、ドルが英ポンドと同様に凋落の運命をたどるかが注目される。

 <ベアリング危機と現在の危機>

 19世紀後半の「ベアリング危機」は危機に至るプロセスが現在の金融危機と酷似している。しかし、中銀による投資銀行救済は、金本位制という国際通貨システムが存在した当事と現在では異なる。

 英国では1800年代半ば、綿織物、鉄鋼などの主要輸出品目を中心に国内投資が盛んに行われ、農業・工業生産が急増した。しかし、生産拡大は1800年代後半になると一転して過剰を生み、農産物・工業品が値崩れし、1873―1896年の大不況へとなだれ込んだ。

 金融面では、不況のあおりで資金需要が低迷し、英国債(コンソル)利回りが低下した。英国の地主などの富裕層や金融セクターは、高金利を求めて海外証券投資を活発化。資本移動が原則自由であったことも手伝って、低金利の英国からの資本流出(海外証券投資)は急ピッチで拡大した。

 主な投資対象はアメリカ及びラテンアメリカ諸国で、アルゼンチンの銀行が発行する高利回りの土地抵当債券(セデュラ)が人気を博した。カネ余りの英投資家と資本不足の新興国を結びつける仲介役を果たしたのは、ロスチャイルドやベアリングといったマーチャント・バンク(現在の投資銀行)だった。ベアリング証券の前身のベアリング・ブラザーズは、ポンド建てアルゼンチン債の販売をロンドンで手がけた。

 英国の資金に依存して経済を回していたアルゼンチンは、巨額の外資流入でバブル的なブームに沸いたが、その後バブルが弾け、アルゼンチンでは外債返済コストが輸出収益の60%に達した。1889年にアルゼンチンの公共事業債の新規発行に失敗したベアリング・ブラザーズは、アルゼンチン債の在庫を大量に抱え、流動性不足から資金繰り倒産の危機に瀕した。この「ベアリング危機」をきっかけに英国起債市場ではパニックが起こった。

 1890年、バンク・オブ・イングランド(英中銀=BOE)は、ベアリング・ブラザーズに緊急融資を実施し、信用不安が収束した。

 「BOEによるベアリング救済は、あくまで民間決済システムの擁護が目的であり、流動性不足から倒産に至る経路を絶ったものだ。資本が毀損している民間金融機関の救済はしないという方針だった」と横浜国立大学の上川孝夫教授は指摘する。

 金本位制(当事)のもとでは、資本流出が盛んになると、対外バランスが崩れ、金準備が流出するため、金本位制を維持するためには、政策金利を引き上げ、資本流出にブレーキをかける必要あった。また、当時は公定歩合と市中金利の連動性が高く、公定歩合を引き上げることで、金融引き締めの効果が経済全体に伝播した。

 「ベアリング救済時にBOEは潤沢な流動性供給を実施したが、高金利を課し、モラルハザードを避けた。現在は金本位制の枠組みが存在しないので、決済システム保全目的の緊急融資は、無制限かつ低金利となっている」と上川教授は言う。

 <第2次グローバリゼーション下の政府介入>

 第1次グローバリゼーションの後、世界は資本規制を強化する方向へ舵取りをし、貿易面ではブロック化が進展、第2次世界大戦をへて、IMF-GATT体制が構築された。

 1980年代からは、第2次グローバリゼーションの時代が到来し、資本規制が撤廃され、自由な資本移動が再度活発化する中で、今回の世界的な金融危機が発生した。そして、金融危機が実体経済に暗い影を落とす中で、国家の経済への介入が進んでいる。

 著名投資家のジョージ・ソロス氏は、「市場は政府の積極的な介入を必要としている。政府の役割が大きくなるのは避けられない」と述べている。

 倒産の危機に瀕した米自動車大手(ビッグ・スリー)は、政府から最大140億ドルのつなぎ融資を受けることが見込まれているが、政府はビッグ・スリーに3月末までに長期的な再建計画を新たに策定することを求めたほか、米大統領が経営監視人を指名するなど、経営再建に政府が大幅に関与することになった。

 金融界では政府管理下で経営再建をする保険大手のアメリカン・インターナショナル・グループをはじめ、銀行持株会社に移行した証券大手のゴールドマン・サックス(GS.N: 株価, 企業情報, レポート)やモルガン・スタンレー(MS.N: 株価, 企業情報, レポート)はFRBの規制監督化に入る。

 米国は9月、インドの製薬会社から30品目余りの輸入について「米国の安全基準に満たない生産プロセス上の問題が見つかった」との理由で停止した。米国の貿易相手国では、米国が自国の環境基準や安全基準を満たさないという理由で外国製品の輸入規制を拡大するとの懸念が広がっている。

 <為替相場へのインプリケーション>

 基軸通貨だった英ポンドは、戦間期を経て、英国の経済基盤の脆弱化とともに地位が低下し、1950年代に入ると奇数年に通貨危機を繰り返すという衰弱ぶりになった。しかし、英ポンドを大量に保有していた投資家/国は容易にドルに乗り換えができず、名実共にドルの基軸通貨としての地位が安定したのは1960年代を待つことになった。

 準備通貨としてのドルのシェアは既に低下し、ユーロのシェアが伸びているが、次のシステム、次の基軸通貨に移行するまでは、ドルを受け入れざるを得ないというのが現状だ。

 「経済が非常事態であるとはいえ、最近の米通貨当局は、ドルの地位を脅かすような、金融当局としての規範を逸脱した数々の選択をしている」と東海東京証券の斎藤満氏は言う。

 例えば、FRBは、初の試みとしてFRB債の発行を検討している。だが、FRBの行動を規律するFederal Reserve Actでは、通貨以外の債券の発行を認めていない。

  また、「(米)財政赤字はどこまで拡大するのか予想もできない状況であり、ドルの退潮とそれに続く混乱期の到来を早める可能性がある」と斎藤氏は言う。

 識者の間では、20世紀前半にポンドとドルが並列的に使用されたように、ドルの退潮とともにユーロが台頭し、しばらくはドルとユーロが並列的に使用される時期が到来するとの見方が多い。

 他方、今回の世界金融危機を経て、スウェーデン、デンマークなど、ユーロ圏に参入しなければ、経済が一段と疲弊するリスクが高い国々も現れ、「嵐が過ぎると、ユーロ圏が拡大しているということも考えられる」と上川教授は言う。

 (ロイター日本語ニュース 森 佳子)

 
 
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