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つむぎ唄:春よ、来い 赤ひげ診療譚/9 陸の孤島 /長野

 ◇それでも離れがたい

 凍(い)て付く朝だった。11月20日午前8時、市川俊夫医師と看護師ら4人を乗せた往診車が栄村診療所を出発した。前日降った初雪が凍結。車輪に踏まれると、バリバリ音をたてた。

 出張診療のため秋山郷に向かう車はいったん、新潟県津南町に入る。中津川沿いの国道405号は延々と山道が続く。細い道幅は車1台が通るのがやっと。ガードレールのない個所も少なくない。運転する村住民福祉課の斉藤稔さん(37)は気を引き締めてハンドルを握る。

 小一時間走り、「陸の孤島」秋山郷に着いた。地区唯一の診療所が入る総合センター「とねんぼ」で毎週木曜の午前、市川医師は約30人の患者と接する。

 「今度、あっちの診療所へ来られる時にレントゲンを撮りましょう」

 「農作業で忙しくてさあ」

 「いいよ、急がなくて」

 診療所にはレントゲン・胃カメラの設備機器がなく、必要であれば村診療所へ来るように呼び掛けるのだ。

 近くの山田正子さん(75)は「飯山赤十字病院へは1時間40分かかるからねえ。山ん中まで来てもらって、とてもありがたい」。関勝さん(66)は血圧を気にしながら「冬にも先生に来てもらわないと、オラたち、死んじまうわ」と笑った。

  ◇  ◇  ◇

 東に苗場山(2145メートル)、西に鳥甲山(2037メートル)に挟まれた秋山郷。越後国と信濃国の時代から「秘境」と呼ばれ、平家の落人伝説も残る。

 「北越雪譜(せっぷ)」で知られる江戸後期の文人、鈴木牧之(ぼくし)は、十返舎一九に勧められ、見聞録「秋山記行」を記した。「此(この)秋山こそ神代(かみよ)の長寿の如(ごと)く 是(これ)天賦を自然に守り来たり」。貧しさの中、飢饉(ききん)や天然痘におびえながらも懸命に生きる人々の姿は、牧之の心を打った。

 栄村側には、その子孫約300人が暮らす。津南町中心部までを結ぶのは国道405号の一本道。冬季は、積雪次第で封鎖され、孤立する危険性をはらむ。大雪に見舞われた06年「平成18年豪雪」の際、雪崩の危険性から全面通行止めされた。124世帯が孤立。この間、県医療チームがヘリコプターで郷入りし、診察した。

 救急車は津南町の南分署から出動するため、40~50分かかる。奥深い和山(わやま)集落で独り暮らしの山田良子さん(70)は約10年前、左腕を骨折した。「救急車を呼ぶより早い」と、身内の車で新潟県十日町市の病院へ向かった。「不便な所だから仕方がないね」。観光客も来ない冬場は埼玉県に嫁いだ長女の元で暮らすという。

 それでも離れがたい土地なのだ。=つづく

毎日新聞 2008年12月11日 地方版

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