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ニッポン密着:離婚で面会拒否、単独親権制度が壁 子供に会いたい

 日本では夫婦が離婚した場合、子供の親権は民法の規定でどちらか一方にだけ認める「単独親権制度」をとる。半面、子供と面会する権利が明文化されていないため、親権を持つ側の意向次第で拒まれることも多く、訴訟や連れ去り事件に発展する例も増えている。3組に1組が離婚する現実の中、現行制度への異議申し立てが起きている。

 東京都内の会社員、染木辰夫=ネット上の名前=さん(56)は、子供との面会を求め、約10年にわたる裁判を続けたが、希望はかなわなかった。

 94年に妻と離婚した時は、「母子が一緒に暮らすのがいいだろう」と考え、月1回の面会を条件に3人の子の親権を渡した。娘2人は9歳と6歳、長男は4歳だった。離れて暮らしても父親でいられると思った。

 だが、面会は1度だけで終わった。2度目の時、待ち合わせ場所に相手が来ない。家を訪ねると追い返されたが、子供たちが出てくるのを待ち、用意していたプレゼントを渡した。ゴジラの人形と図鑑。長男の顔がほころんだ。しばらくして、もう一度家の前を通ると、向かいの空き地にゴジラが転がっていた。

 家裁は元妻に、面会の約束を履行するよう4回勧告を出した。養育費の受け取りも拒否され、子供あての手紙は、いつも開封されないまま戻って来た。「うけとりきょひ」。赤いペンで書かれた子供の字だった。後日、元妻の再婚を知った。

 万策尽きた98年、損害賠償を求める訴えを起こした。父親の権利を侵害したとの訴えが認められ、元妻に約200万円の支払いを命じる判決。女性裁判官は、子供たちの態度について「母親の意向をくみ取った結果」と指摘した。

 一方、元妻は損賠訴訟後の00年、子供が面会を希望していないとして、面会の禁止を求める審判を起こした。裁判所はこの訴えも認め、今年9月に確定した。

 染木さんに残ったのは、大量の裁判資料と、子供との面会のためには相手の「温情」にすがるしかない現実の厚い壁だった。

     ■

 先月26日、35人の小さなデモ隊が東京都内を行進した。「子供に会いたい」。日曜日の昼下がり、きらびやかな街には不釣り合いの横断幕。面会の権利の法制化を求めて活動する「親子の面会交流を実現する全国ネットワーク」(親子ネット)のメンバーらで、今年7月の結成時以来、2度目の行進だった。

 代表を務めるフリーライターの宗像充さん(33)は、07年に妻と別居した。その際、合意の上で2人の子供を引き取ったが、半年後に妻が人身保護請求を申し立て、引き離された。妻とは事実婚で、宗像さんには親権がなかったからだ。

 「当事者になって初めて、日本の制度の窮屈さに気づいた。共同親権の国だったら、こんなことはありえない。日本は制度が現実に追いついていない」

 子供に会えたのはこれまでに2度だけ。9月だった前回はわずか30分。会えるのはうれしいが、「自分が子供の成長にかかわれていない」という無力感も感じている。

 最高裁によると、全国で申し立てられた子供との面会を巡る調停は01年の2797件から、07年は5917件に倍増。調停が折り合わず、裁判官に判断を仰ぐ審判も432件から2231件に増えている。少子化の進展と父親の子育て意識の変化で、子供を巡る争いは先鋭化している。

 東日本に暮らす30代の男性は、別居中の妻の家から幼い息子を連れ去ったとして逮捕された。親権争いが高じた結果だった。

 「妻が子供と面会させてくれず、このままでは一生会えない。どうしても会いたかった」。男性は動機を語った。事件に使われた乗用車の助手席には、クマのぬいぐるみが置かれ、顔の部分には息子の写真がプリントされていた。

     ■

 染木さんは、大量の裁判資料の山から一枚の写真を取り出して見せてくれた。長男を肩車し、傍らには次女が寄り添う。ゴジラを渡した時に写したという。「普通の親子に見えるでしょ」。目を細めた。長女と次女は既に成人した。法的には元妻の意向にかかわらず会いに行っていい年齢だが、染木さんは言葉を濁す。

 「私の中の子どもたちはこの写真のまま。ぜんぜん成長しないんです」

 横たわる約15年の断絶を埋め合わせるのに、どんな言葉があるのか。それが見つからないのだ。4歳で別れた長男も来春、20歳を迎える。【川崎桂吾】

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 ■ことば

 ◇親権

 子供を成人まで養育するための親の権利義務の総称。日本では、婚姻中は父母が共同して親権者になるが、離婚すると親権者は一方だけになり、親権のない親にとって「親子の縁切り」となるケースが後を絶たない。96年に答申された民法改正要綱案で面会交流の権利が盛り込まれたこともあるが、実現していない。先進国の多くは、離婚後も共同親権で、「子供には双方の親から養育される権利がある」との考え方が広く共有され、面会拒否には罰則も科せられる。

毎日新聞 2008年11月16日 東京朝刊

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