1000人近い住民が見守る中、2台の救急車が村道を駆け抜けた。インドネシア東部のスラウェシ島マカッサル市郊外。11月下旬、同市を州都とする南スラウェシ州は初めて新型インフルエンザの発生に備えた大規模訓練を実施した。
新型に変異する恐れのある強毒性鳥インフルエンザが一般民家で発生したとの想定。民家の前に着いた救急車から白い防護服に身を包んだ保健所職員らが次々に降り、寝込む住民を救急車に担ぎ入れた後、感染が疑われる鶏を焼却処分した。
インドネシアは約2億2200万人の全人口のうち約87%がイスラム教徒。豚は食べず、主なたんぱく源は鶏と魚だ。各家庭は庭先で鶏を飼育し、自らさばいて食べる。人々の生活は鶏と密接にかかわっている。自宅で鶏を飼っている主婦のシンシアさん(45)は「突然(保健所職員が)やってきて驚いた。これまで鶏が死んでも原因は分からなかった」と話した。
訓練の様子を見ていた国立国際医療センターの平山隆則医師(34)は「鳥インフルエンザのことを知らない住民もいる。訓練を見せることで意識を高める効果がある」と評価した。平山医師は国際協力機構(JICA)による新型インフルエンザ発生監視体制を強化するプロジェクトで派遣されている。
専門家が主要な感染源の一つと考えているのが、生きた鶏を扱う市場だ。市の中心部にある市場では、屋台に羽をむしられた鶏や、さばいた直後の内臓が広げられていた。生きた鶏をかごからつかみだして客に見せていた男性は「扱う鶏の何割かは病気で死んでいるが、気にしたことはない」と話す。
ガジャマダ大(ジョクジャカルタ市)で、政府と共に新型インフルエンザ発生監視に取り組むハリ教授は「インドネシアでは鳥インフルエンザはすでに日常化している。新型インフルエンザのきっかけとなる、人から人への感染をいかに早期に発見、調査できるかが問われている」と指摘した。
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鳥インフルエンザによる死者数が08年9月までに世界最多の112人を数え、新型インフルエンザ発生が懸念されるインドネシアを訪ね、対策の最前線を追った。【関東晋慈】
毎日新聞 2008年12月9日 東京夕刊