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特集ワイド:麻生首相が選んだ本 胸中表す?4冊

 読書の秋である。われらが首相、麻生太郎さんもマンガばっかり読んでいるわけじゃないらしい。【鈴木琢磨】

 ◇ダメージ少ない重厚長大産業/侮る国にナメられちゃいかん/長期政権、歴史に名を残したい/「ワンマン」祖父にあこがれ

 JR東京駅前の八重洲ブックセンターに麻生さんが現れたのは1日の夕。土曜日とあって、行きつけの整体院でたっぷりマッサージを受け、テーラーでショッピングをしたあと立ち寄ったのだった。

 首相番記者によれば、麻生さん、ざっと20分かけ、1~4階の書棚をチェック。世界金融危機の特設コーナーでは足を止めながらも購入はしなかった。で、結局、ポケットマネーで買ったのは別掲の4冊。そのタイトルを眺めるだけでも、心の中が透けて見えそう。著者に聞いてみる。

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 まずはイの一番に手を伸ばした近未来予測本「大局を読む」の長谷川慶太郎さん。国際エコノミストの大御所である。ぱらぱらめくったら、こんな一章があった。<ますます好況化する日本の「重厚長大産業」>。「楽観的? まあ、そうですよ。こんどの金融危機、ヨーロッパもアジアもやられた。ただひとつ、日本だけダメージが少ない。そのメカニズムについて述べているんですよ。そこを読み取ってもらいたいですなあ」

 次に手を伸ばした対談本「日本はどれほどいい国か」の高山正之さん。元産経新聞記者のジャーナリスト。帯にこうある。<日本を侮る国は必ず痛い目を見る>。「韓国も中国も、口を開けば、日本をさげすむでしょ。なめられちゃいけない。麻生さんが私の本で留飲を下げてる? たしかに、いいこと言ってくれてありがとうだけじゃ困る。これぞという政治のための一助にしてもらえれば」。過日、高山さんの新著の出版記念パーティーをのぞいたら、元首相の安倍晋三さんの顔も見えた。

 以上2冊はいかにも楽天家で、とてつもない日本を信じる麻生さんらしいチョイスといえる。そして手にしたのが「表象の戦後人物誌」。著者の御厨貴さんは東大教授の政治学者。「戦後」を代表する人物を旅するように描いたエッセーである。「びっくりしました。でも、考えたら、なるほどなって。戦後が気になるんですよ。もしかすると彼は『戦後』最後の総理大臣になるかもしれない。衆院解散があれば、民主党政権になるにせよ、どうなるにせよ、おじいさん、吉田茂のつくった戦後が変わっていくところを体現する、そんな予感があるんだと思うんです。勘ですね。だから、タイトルに<戦後>の文字の入った僕の本が目に留まったんじゃないかなあ」

 祖父へのこだわりを強く感じさせたのは「戦後政治体制の起源」。副題に「吉田茂の『官邸主導』」とある。著者の村井哲也さんは御厨さんの直弟子で、気鋭の政治学者である。「意識してますね、おじいさんのこと。短命政権だなんて言われていますが、長期政権を築き、歴史に名を残したい、ご本人の思いはそうでしょうね。民主党とも本気で勝負をしている。ただ吉田茂も最初から強いリーダーシップがあったわけではありません。いかに官邸主導をつくりあげていったか、その過程に興味があるんでしょう」

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 そういえば、麻生さん、首相就任早々、事務次官会議に出席し、「官僚4原則」を示したことがあった。(1)スピーディーを旨とせよ(2)悪い情報ほどすぐ上げよ(3)省益を捨て、国益に徹せよ(4)「これは自分の仕事ではない」と決して言ってはいけない。むしろ自分の仕事を探せ--と。官僚を使いこなしてこそ政治家であるとの気負いがのぞく。

 本の表紙にモダンな洋館の写真があしらわれている。吉田茂が愛用した外相官邸(旧朝香宮邸、現東京都庭園美術館)である。ここが彼の政治の舞台で、閣議は形骸(けいがい)化していたらしい。麻生さん、夜な夜なホテルの高級バーに出没していると聞き、あるホテルの会員制バーのドアを開けてみた。メニューに某料亭謹製の焼き鳥があってさすがにたまげたが、これを単に「貴族趣味」と批判するのは当たらないかもしれない。永田町を離れたところで官邸主導政治をしたい、との吉田茂の流儀をなぞっているのではないか。いや、「ワンマン宰相」にあこがれているフシすらある。

 ところで、村井さん、やや間があって、こう続けるのだった。「実は、この本、8月に出版してすぐ議員会館にある麻生事務所に贈ったんですよ。まあ、たくさん献本はあるから埋もれていたんでしょうけど……」。麻生さん、わざわざ買わなくてもよかったのである。いや、そもそも350ページ近くある純然たる学術書、読破するのは並大抵でないはず。失礼ながら、ツン読のままでは? 「たぶん」

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 おそらく、本屋に足を運んだのは、読書のためというより、国民へのメッセージに違いない。政治家として、致し方ないパフォーマンスだったにせよ、マスコミを引き連れて、本を選ぶなんて読書人としてはいかがなものか。麻生さんの伯父に作家の吉田健一がいる。「新潮日本文学アルバム吉田健一」に娘、暁子さんの描く父親像が紹介されている。<……面白い本、良い文章を読み、美味と酒に親しみ、良い友人とつき合い、旅を愛した>。息子でありながら、距離を保っていた。それがダンディズムではないか。 味わい深い吉田健一の随筆にはいまもファンが多い。麻生さん、たまには伯父さんの本を読まれたらいかが?

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 ◇麻生さんの購入本一覧

長谷川慶太郎著「2009年 長谷川慶太郎の大局を読む」(李白社、1575円)

日下公人・高山正之著「日本はどれほどいい国か」(PHP研究所、1365円)

御厨貴著「表象の戦後人物誌」(千倉書房、2520円)

村井哲也著「戦後政治体制の起源-吉田茂の『官邸主導』」(藤原書店、5040円)

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t.yukan@mbx.mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2008年11月11日 東京夕刊

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