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諸君!1月号

「紳士と淑女」(P.22)より

田母神論文――被虐趣味の国の奇妙な出来事

 役人は、役人になった日に基本的人権の一部を失う。区役所の戸籍係は、提出される婚姻届を見て内心「これは財産狙いだな」「日本国籍を取るための偽装だ」と思っても、書面が整っていれば受理しなければならない。自分の判断で、届の提出者を叱ったり書類を突っ返すなどは許されない。

 だが、同じように役人である区長が、出身高校の同窓会誌に、戸籍係から聞いた例をネタに、「近頃は老人を騙す偽装結婚が多い。憂うべきことだ」と書いたら、それが区長の肩書と署名入りであれば、区長は罰せらるべきか? それとも寄稿は区長の「表現の自由」の範囲内として不問に付されるべきだろうか?

 田母神(たもがみ)俊雄航空幕僚長(60歳)は、民間企業が公募した懸賞論文に応じて「日本は侵略国家であったのか」という七千字の論文を書き、当選した。論文を求めた総合都市開発会社の社長は、航空自衛隊第六航空団が司令部を置く小松基地(石川県)の「友の会」会長でもあり、田母神のほかにも七十八人の自衛官が各自の論文を寄せていた。これは高校の卒業生が同窓会誌に書いた随筆と、どれほどの差があるのか。どれほど公務員が「してはならないこと」なのか?

 日本政府は田母神論文を指して役人の「してはならないこと」だと断じた。理由は二つある。その一、肩書を用い公表を承知で書いた論文は公的である。その二、先の戦争は日本の侵略戦争だったと認めた政府見解に反する内容である。田母神は職を解かれ、そそくさと定年退職になり、国会で吊し上げられた。国を憂えて婚姻届を受理しなかった戸籍係と同じように罰せられた。

 田母神が発したのは銃弾ではない。紙に書いた文章である。にもかかわらず政府は、防衛相ら幹部七人をも処分した。放置すれば、来年の雪の降る二月あたりに自衛隊が首相官邸その他を襲撃・占領するとでも思ったのだろうか。これを「ペンは剣よりも強し」と見るべきか「牛刀ヲ以テ鶏ヲ割ク」と見るべきか。

 新聞も「産経」を除いてほぼ全紙が田母神を批判した。「『ひどい内容、あきれた』防衛省幹部、憤りの声」の見出し(「日経」11月1日)が示すように、防衛省の内部も拒絶反応らしい。

 ところが騒ぎの焦点になった田母神論文を読んでみると、これが理路整然、気迫あふれる面白いものである。

「日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこか」という問いかけがある。一九三七年、盧溝橋の日本軍は、国際法を踏みにじって中国に駐兵していた訳ではなく、義和団事件後の議定書に基づいて駐留していた。日中事変の最初の一発は、中国共産党の軍によって発せられた。

 満州国には産業が生まれ、朝鮮半島は日本の統治下で学校や電気、水道、鉄道が整備され、ソウルや台北にはいち早く帝国大学が置かれた。日本の皇室は満州、朝鮮の王家を対等に遇し、通婚した。欧州諸国の王女は、一人でも植民地に嫁入りしたか? 真珠湾攻撃の前には、ハル・ノートという米国の罠(わな)があった云々。(全文は「産経」11月11日に意見広告として載った)

 小学生のときから日教組の先生たちに被虐史観を吹き込まれて育ったはずの子が、やや乱暴ではあるがこれほど愛国心を保ち得たのは一奇蹟である。英語に「愛国心はナラズモノの最後の砦(とりで)」という諺(ことわざ)があるが、また今日の世界で愛国心を悪だときめつける国はゼロに等しく、愛国心は多少なりとも乱暴なものである。

 田母神論文は、国を挙げて周章狼狽するほどのものではない。ひたすら中韓にヘイコラする日本にも、こういう考えを持つ男子がいたとは一発見だった。参議院の参考人質疑に呼ばれ、せっかく呼んだのに発言は最小限に仕組まれ、田母神は「びっくりしたのは、日本の国はいい国だったと言ったら解任されたことだ」と語った。被虐趣味が正常な国では、いろいろ妙なことが起きる。

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